「1時間あたり固定費」が突きつける2つの選択肢ところで、適正原価は「1時間あたり固定費」で考えようという計算式(運賃原価=時間当たり固定費×総稼働時間+キロ当たり変動費×総走行距離)になっています。標準的運賃も同じく「1時間あたり固定費」をもとに計算されていましたが、それはあくまで「参考」の運賃でした。ところが、適正原価は「義務」なのです。そうなってくると、話は全然違います。ルールブックが書き変わるのです。このコラムでは「1時間あたり固定費」というものがルールとして適用されることになることで生じる、1つの未来予想図を書いてみたいと思います。個人的には、一部の運送会社にとっては、かなり大きな転換を迫るものになるのではないかと思っています。「1時間あたり固定費」に基づいて適正原価を計算するというのは、つまりこういうことが生じるということです。例えば、2t車で地場の定期案件を行っているとします。適正原価が告示され、2t車の1kmあたり変動費は「40円/km」、1時間あたり固定費は「4,000円/時間」という原価が示されたとします。この2t車で行う定期案件が、1日150km走行し、毎日8時頃に車庫を出て、15時頃に戻ってくるような案件だったとします。たまに積込や荷卸に時間がかかったりした場合は、17時頃に戻ってくる日もあります。休憩や、自主待機(着時間の指定時間よりも早めに到着して待っている)の時間を省くと「1日あたり5時間」の稼働時間が、その定期案件にかかっているとします。このとき、どのような運賃計算になるのでしょうか?ここでは、(単純化のために、荷役作業料や燃料サーチャージ、その他実費などの要素は省いて考えることとします。)稼働時間は5時間、走行距離は150kmということなので、運賃原価(適正原価)=4,000円×5時間+40円×150km=26,000円ということになります。これに、5%の利益を上乗せすると、運賃は27,300円ということです。※このコラムを書いている時点(2026年8月)では、休憩時間や自主待機時間を、適正原価算出にあたっての「総稼働時間」に含めるのかどうかなどの論点は明らかになっていないので、暫定的にこのような考え方をしています。さて、この2t車の定期案件で稼働時間は5時間、走行距離は150kmという案件が、27,300円の運賃になるということ。皆さんは、これをどのように考えますか?結構リアルな数字だと思います。現在進行形で、これぐらいの運賃で定期案件が稼働している2t車もあるのではないでしょうか。ただ、想像していただくとよくわかると思いますが、恐らく、この運賃では、トラックを買い換えることも、ドライバーさんの給与を引き上げていくことも難しいというのが現実です。2026年8月の今現在でも、減価償却が終わっているトラックでギリギリ成り立っているようなイメージだと思います。では、この27,300円という運賃は、「適正原価に則って計算して算出された運賃」だから良しとすべきなのでしょうか?答えはNOだと思います。そもそも適正原価は、最終的にはドライバーさんの給与をあげ、待遇改善へと繋げるためのものです。この運賃では、ドライバーさんの賃金アップに転嫁することはままなりません。トラックを買い替えて、持続的な物流体制を構築することすらもままなりません。そこで、このケースの場合に考えられる方策は以下の2つです。1つ目は、この定期案件が終了したあとの時間でできる2発目の別案件を獲得すること。そして2つ目は、この定期案件を実質8時間の稼働時間として荷主に交渉することです。1つ目の方策の、2発目の別案件を獲得するというのは、例えば、午後に時間指定のない案件で、3時間程度の稼働で、走行距離50kmの案件を組み合わせるということです。こうすることで、運賃原価(適正原価)=4,000円×3時間+40円×50km=14,000円に、利益5%を乗せた14,700円の運賃の仕事をプラスすることができます。そうすれば、27,300円+14,000円=42,000円ということで、2t車では十分すぎるぐらい満足のいく運賃になります。これなら、ドライバーさんの賃金アップの原資もでき、またその上でトラックの買い替えができる余力もあるでしょう。2つ目の方策の、この定期案件を実質8時間の稼働時間として荷主に交渉するというのは、すなわちこういうことになります。その案件は1日5時間の稼働ではあるものの、実際には、毎日8時頃に車庫を出て、15時頃に戻ってきており、たまに積込や荷卸に時間がかかったりした場合は、17時頃に戻ってくる日もあるということで、「実質的には、その案件は1日拘束である(他の仕事を追加で入れることはできない)」という前提で運賃計算をするということです。そうすれば、運賃原価(適正原価)=4,000円×8時間+40円×150km=38,000円となり、これに5%の利益を乗せると39,900円の運賃となります。つまりこれは、同じ案件でも見方を変えれば、27,300円(実績値通り5時間稼働として計算した場合)にもなるし、39,900円(実質的に8時間稼働とみなして計算した場合)にもなるということです。どちらの選択肢を取ることができますか?運送会社の立場からすると、こういうケースに直面した場合に、自ら考え、上記の1つ目か2つ目、どちらかの方策を取れるようにならなければなりません。しかも、このケースはそんなにレアなケースをわざわざ持ち出しているというわけでもなく、同様の状況はよくあることだと思います。20台くらい定期案件をやっていれば、そのうち数台は、こんなケースに当てはまるのではないでしょうか。このときに、営業力と配車力がある運送会社は、1つ目の方策を取ることができます。そうでない運送会社は、何とか2つ目の方策を取り、荷主さんと交渉をしていかなければなりません。でも、今まであまり荷主を広げる営業をしてきておらず、配車マンを置いてばりばりとフリー配車で仕事を回すみたいなことをしてきていない運送会社からすると、正直、1つ目の方策をいきなり取るのは、なかなかハードルが高いのではないかと思います。かと言って、2つ目の方策で荷主に交渉をしてしっかりと運賃を確保するというのも、それはそれで交渉力が必要になることなのではないかとも思います。八方塞がりです。少し横道にそれて補足しますが、例えば当社のグループの実運送会社で、積込作業を簡単にするためにトラックの3分の2くらいのスペースを埋める大きめのラックに部材がのっている案件があるのですが、これは指定の現場で荷物を卸した後、トラックの荷台にはラックが積まれたままの状態になり、ラックを仮置きするような場所もないので、事実上、別の仕事を挟むことができないというケースがあります。このケースの場合は、方策2を取るしかないでしょう。この部分をきちんと荷主さんに分かってもらえるように説明して交渉するのが、これから重要になってくるのだと思います。ところで、ここで素朴に投げかけてみますが、このラックのようなケースを除いて考えてみたとき、皆さんが荷主の立場であれば、どちらの運送会社に依頼をするでしょうか?恐らく、99.9%の人が、間違いなく前者の、1つ目の方策を取ってくれる運送会社に依頼すると回答するのではないかと思います。そうです。荷主の目線に立つと、選ばれるのは、1つ目の方策を取れる運送会社なのです。5時間で終わる案件の後に、3時間で終わる案件を組み合わせて配車することができる運送会社が、荷主にとってありがたい運送会社になります。(もちろん、価格以外の選ばれる理由もあると思いますが、単純化して考えると、そういうことになるのです。)これが「1時間あたり固定費」に基づいて適正原価を算出するというルールがスタンダードになることによって突きつけられる、運送会社にとっての難しいポイントです。運送会社は「1時間刻みで仕事を埋める」という必要性に迫られることになります。事業モデルの転換が迫られるかもしれない誤解を恐れずに書きますが、僕は個人的に、少し自虐的な意味も込めて、運送会社の事業モデルを「ドライバー付き派遣業」と表現することがあります。これは、業界全体や、特定の何かを揶揄しているわけではなく、自ら実運送会社を経営する中でもそのように感じて、そう表現しています。長年の流れの中で、ドライバーさんが乗ったトラックを、1日1回、とある案件に送り込むという配車組みで、基本的に「その日」の仕事を埋めていく感覚でやっていくというスタンスをそう呼んでいます。(もちろん、そのための品質や運行指示、様々なこだわりがあってこそ成り立つものなので、そこを蔑ろにしているわけでもないですし、軽視しているわけでもありません。あくまで、事業モデルを抽象的に捉えてそのように表現しているだけです。)でも、こういう「ドライバー付き派遣業」的な動きになってしまっている運送会社は少なくないのではないかとも思います。翻って、上記の例の中で、1つ目の方策を取ることができる運送会社(営業力や配車力がある運送会社)はどうなのかというと、こういう会社は決して「ドライバー付き派遣業」などではなく、ある意味、トラックという「時間貸し・スペース貸し不動産業」を営んでいる事業モデルだと言うことができると思っています。「その日」の仕事を埋めるための配車組みではなく、「地場でも空車の時間を限りなく減らせるように、案件を組み合わせる」「時間指定を外して、午前の卸が終わったあとにもできるようにする」「荷台の空いたスペースで積み合わせをする」といった配車組みは、「ドライバー付き派遣業」ではなく、トラックという「時間貸し・スペース貸し不動産業」と言えるモデルなのだと思います。(場合によっては、自社の拠点にある倉庫などに荷物を引っ張ってくることで、効率の良い1日複数回の配車組みを実現しているような会社もあります。これも、少し引いた目線で見ると、トラックという「時間貸し・スペース貸し不動産業」の効率を最大化するための仕掛けなのです。)ちょっと分かりにくいたとえだったかもしれませんが、これは大きな違いです。どちらもトラックで収益をあげることには変わりませんが、「ドライバー付き派遣業」と「時間貸し・スペース貸し不動産業」は、全く似て非なるモデルです。「時間貸し・スペース貸し不動産業」としてやっていくためには、そこに必要な配車マンのノウハウも、そのために必要な取引をする荷主の数も、「ドライバー付き派遣業」とは段違いになります。場合によっては、自社の拠点への引き取りや、自社の拠点での積み替えといったオペレーションを挟むことでその効率を引き上げていくような取り組みも必要になります。荷主とも、そういう観点でコミュニケーションし、時間指定を外したり、積み合わせの許可を取ったり、工夫をしていく必要があります。でも、「1時間あたり固定費」で適正原価を算出するということになると、これまで見てきた通り荷主側からしても「1時間刻みで仕事を埋める」ことができる運送会社を選びたくなるので、これまでは「ドライバー付き派遣業」としてやってきていた運送会社も、「時間貸し・スペース貸し不動産業」のモデルへと転換していかなければいけないということになるのです。これは、運送会社にとって結構大きな転換点になるのではないかと思っています。「効率化」と「適正原価」はセットでも、冷静に考えてみると、トラックの実車率・積載率を高めていくという方向性に進んでいくのは、これからの人手不足の世の中を鑑みると、当然のことでもあります。地場配送を1日1回しかやっていない、配達して終わり、という「ドライバー付き派遣業」型の運送会社であれば、帰りはもちろん空車になるので、実車率は50%になるわけです。さらにそこに積載率的な概念もあわせて考えれば、1社のチャーターのみで実はまだ荷物が詰めるスペースが残されているとすると、1日の中で「トラックの時間と空間」を3分の1くらいしか有効活用できていない可能性があるのです。一方、配車を組み合わせることができる「時間貸し・スペース貸し不動産業」のモデルの運送会社は、それ以上の効率で「トラックの時間と空間」をうまく活用できる可能性があるので、国全体の物流効率という観点では、そちらの方に流れていくのも頷けます。そうしなければ、極端な話、牛丼は800円になるし、コカコーラは350円になる時代が来るからです。もちろん、運送会社が適正にドライバーの待遇改善を行い、そして適正に経営を続けていくだけの運賃設定にする必要はありますが、それに伴って荷主企業の物流費を際限なく上げていくことが、日本全体で見たときには適切なのか、ということを考えていくと、どこかで効率化のメスを入れていかなければならないのも事実だと思います。「1時間あたりの固定費」で適正原価が決まるという方程式は、運送会社のモデルを変革していかなければならない転換点になります。僕は、一人の実運送会社の経営者として、そこに危機感を持ちました。このメッセージを受け取り、前向きに、運送会社経営をアップデートしていこうと思っています。さあ、共に頑張っていきましょう。