始まりました。社会インフラの横丁から。この番組は、社会の当たり前を支えてくれている人たちの声を、人情味あふれる六興村の隅っこにあるこの横丁からお届けするラジオです。本日も温かいお話や苦労したお話、心に染み渡るお話、そしてこれからの未来につながるお話をお届けしてまいります。 今回は、埼玉県戸田市の株式会社エー・シー・トランスポートの篠田社長をお迎えし、売上が伸び悩む「踊り場」を打破するために決断した「単身での名古屋営業所開設」の裏側に迫ります。コロナ禍という最悪のタイミングでの挑戦、そして不可能を可能にした圧倒的な営業の極意など、経営や事業づくりに関心のある読者にとって必見のエピソードです。%3Ciframe%20data-testid%3D%22embed-iframe%22%20style%3D%22border-radius%3A12px%22%20src%3D%22https%3A%2F%2Fopen.spotify.com%2Fembed%2Fepisode%2F1KwiA5FEiyDDWnKirXMvgc%3Futm_source%3Dgenerator%22%20width%3D%22100%25%22%20height%3D%22352%22%20frameBorder%3D%220%22%20allowfullscreen%3D%22%22%20allow%3D%22autoplay%3B%20clipboard-write%3B%20encrypted-media%3B%20fullscreen%3B%20picture-in-picture%22%20loading%3D%22lazy%22%3E%3C%2Fiframe%3E会社の「踊り場」を打破するための挑戦と、不可思議な名古屋進出段林: 今回も、株式会社エー・シー・トランスポートの篠田社長にお越しいただいております。これまで創業の背景を少し深掘りさせていただきながら、今に至るまでのお話を伺ってきましたが、今回、僕がぜひお聞きしたいと思っていた「名古屋編」がやってまいりました。 何が衝撃だったかというと、僕が最初に聞いた時に、基本的には地場で配送してる会社さんが「名古屋に拠点もあります」というのが、あまり繋がっているように見えなくて、「これ一体何なんですか?」というのがシンプルに疑問だったのが一つ。篠田社長: はい。段林: もう一つは、「どうやって立ち上げたんですか?」と聞いたら……ビジネスマンとしてすごいなと思ったんですが、ある程度エー・シーさんも成長してきて、売上も10億超えていい感じになってきている中で、そこから当時まだ社長になる前の篠田社長は、名古屋へほぼ単身1人で乗り込まれたと。ある程度会社としてもいい感じに回っていて、しかもナンバー2の幹部としてやっている中で単身乗り込んでいって、もう1回ゼロからやるのってめちゃくちゃ気合が入っているなと思いました。場所も動機も意味がわからないし、すごく面白いなと思って聞きたかったんですよ。 篠田社長: そうですよね。段林: そもそもタイミングも変なタイミングでしたよね。結局いつ名古屋に行かれたんでしたっけ?篠田社長: コロナのスタート時期ですね。電車も人があんまりいなかったですし。段林: それは、コロナになるとわかってから行ったのか、行こうと思っていたらコロナになっちゃったのか、どちらですか?篠田社長: 行こうと思っていたらコロナになっちゃった、ですね。段林: じゃあタイミングは最悪な時期ですね。そもそも、なんで「行こう」となったんですか?篠田社長: これは先代の池永からの中期経営計画の中で、「関東でどこか営業所を出したらどうか」という話があったんです。その担当が僕だったんですね。 段林: 当時はずっと埼玉の拠点で事業をされていて、車両台数でいうと50台から70台規模でやってらっしゃったんですよね。篠田社長: そうです。売上が9億円からなかなか10億円を越さない「踊り場」の時期があって。そんな中で、どこかで営業所を出してもう少し事業所展開していこうかという話になりまして。 当時の担当者が僕だったんですが、関東の方でやると、結局は本社とお客さんを取り合うじゃないですけど、僕が移動してもし仕事が取れなかったら、本社の仕事を削ってでも持ってきてしまったりするパターンになってしまう。段林: ああ、なるほど。篠田社長: だから、できたら全然知らないところに行きたいなと思っていて。 一番最初は大阪からお声がけしてもらったんですけど、大阪は文化的に僕のユーモアのなさだと商売的に通じないかなと思って。段林: いやいや、そんなことはないでしょう(笑)。篠田社長: で、もう一個もらったお話が名古屋だったんです。当時「2024年問題」もすでに出ていたので、高速道路の時間短縮などがある中で、大阪だと行ったり来たりできないけど、名古屋だったらまだ時間的に行き来できるんじゃないのかなというのもあって。 一旦、名古屋でお客さんを紹介いただいてお話を聞きに行ったんです。ですが、やっぱり単価が想定していたのとちょっと違うというか……安くて。誠実な交渉が引き寄せた「間借り」での営業所スタート段林: 名古屋の相場はそうだったんですね。篠田社長: 僕が思っていたのとは乖離があって。「その値段だと、車庫を借りたり事務所を借りたりして投資して、そこから回収するのに時間がかかりすぎちゃうんですよね」という話を素直にお客さんに話したんです。 そうしたら、「じゃあうちの建物の中の事務所貸してあげるよ」というのと、「車庫も1台いくらで貸してあげるよ」という話になって。段林: ほう!篠田社長: 今までそういうことはなかったみたいなんですが、申請してくれたら通ってしまったので。「もう通ったらやるしかないよね」と(笑)。 ほぼコロナが始まった時期で本社にも空車があったりしたので、それを持っていきました。プラス、投資がほぼなく、僕ともう1人こっちから行った人間のマンションを借りるお金ぐらいの投資であれば、回収もそんなにかからないだろうと。段林: 営業所を立ち上げる敷金礼金とかも含めてほぼない状態で、間借りで、いい形でスタートできて。篠田社長: そうですね。段林: それも引き寄せですね(笑)。ちなみに最初は、そのお声がけいただいた荷主さんの仕事をメインでやられたんですか?篠田社長: 一番最初はそこの仕事からスタートですね。でもそこはあんまり増やさず、また新しいお客さんを探しながら。段林: 最初は数台そちらに持って行って……ずっと間借りはしているんですか。篠田社長: 今でも、そこを出たらなかなか大変なんで、そこはちゃんと繋がりながらやっています。段林: 何台ぐらい置いているんですか?篠田社長: 今は事務所だけ借りていて、台数が増えたので、車庫は自分のところで営業所としてちゃんと借りています。段林: 名古屋は今、何台ぐらいになってるんですか?篠田社長: 今は20台ちょっとですね。段林: じゃあ本当にゼロから立ち上げて、コロナのタイミングからで20台超えるぐらいまで。そのうち、その懇意にしてくれた会社さんの車はどれぐらい動かしているんですか?篠田社長: 5台とか……(笑)。段林: 破格の扱いですね(笑)。そんな奇跡を引き当てて。篠田社長: 今は6台かな。段林: でも本当に名古屋はゼロからの新規開拓ですよね。篠田社長: はい。誰も知り合いがいないので。段林: どうやってやったんですか?篠田社長: どうやってやったんだろう……でも僕が出たところの並びに、僕らが出たのと同時に新しい商社の物流系のセンターのノンアセットの会社ができました。そこに飛び込みで営業行ったら、そこの管理者の人が埼玉の人で。段林: おお!篠田社長: それでまたそこを使っていただいたりとか。段林: 運がいいですねえ。物流商社さんなら仕事のボリュームも結構ありますよね。篠田社長: そうです。言語化できない営業の極意「俺にやらせてくれ!」段林: そこからさらに、どうやって広げていったんですか。篠田社長: あとは、埼玉でお世話になってるお客さんで、たまたま三重の方から埼玉の方に半導体の配送の話がありまして。時期的に半導体が追いつかないというので、半導体の工場から生産ラインを止めないために、工場部品を洗浄会社に持ってくるみたいな配送が、三重から出てきたんです。 それが、たまたま埼玉の本社の方でお世話になってるお客さんの上顧客のお客さんがその三重にあって。段林: へえ。篠田社長: そういう便も、僕に声がかかったのは一番最後だったんですけど、ちょっと大きな運送屋さんが2社ぐらい行っていて、「どこがやるか」みたいな話になってる中にゴリゴリ入っていって。「俺にやらせてくれ!」と言って。段林: おお!そこはもうパワーで(笑)。篠田社長: そうそう。で、それも取れたので、今もやっています。段林: ひとつ知りたいんですけど、僕もキャリア的にはずっと営業マンです。僕が今までやってきた営業というのは、サービスがあってプレゼンテーションをして価格を提示して売るので、わかりやすいじゃないですか。 でも運送の仕事って、「ここからここまで毎日運びます、ちゃんと頑張ります、ちゃんと用意します、価格はこれです」というものじゃないですか。最後にそこでグッと取り切る決め手って、何なんですか?篠田社長: 僕もよくわかりませんが……「モノ売りはモノを売るな」って言うじゃないですか。段林: はいはい。篠田社長: どんなにいいサービスがあろうが何だろうが、そのサービスに魅力があれば選ばれるでしょうけど、僕らはなかなかその違いをつけるのは難しいので。 仕事を取る時には、「この人に頼んでおけば大丈夫でしょう」というところを見せる……って言っても見せられないんですけどね。でも本当にゴリゴリいきます(笑)。「興味ありますよ!」って(笑)。段林: 参考にならなかった(笑)。ハイパープレイヤーですね。篠田社長: なかなか言語化は難しいですね(笑)。でもできないことはできないと言うし、何でも「いいよ」とはやりません。 「これは申し訳ないけどできません」「ここまでならできますよ」っていうのもはっきり言うし。何かをやる時に、「できます」と言っておいて、結局蓋を開けたら「できないんですけど」とならないように心がけています。段林: でも結局でもその仕事が取れたら、半導体系は運賃的にはだいぶいいイメージがあるので、気づいたら名古屋でも儲かっちゃったみたいな感じですね。篠田社長: そんな感じですね。【★コラム】「1分の遅延も許されない」半導体輸送の緊迫感物流業界の中でも、半導体関連の輸送は極めて難易度が高く、かつ責任が重い仕事として知られています。半導体工場の生産ラインは、一度止まってしまうと再稼働までに膨大な時間とコスト(時には数億円規模の損失)がかかるため、部品の供給が1分1秒でも遅れることは許されません。 篠田社長が「俺にやらせてくれ!」と割って入ったこの案件は、単なる「荷物の移動」ではなく、「工場の稼働そのものを守る」という、高いリスクを引き受ける覚悟が必要なミッションでした。既存の運送業者が二の足を踏むようなプレッシャーのかかる現場で、退かずに信頼を勝ち取ったことが、名古屋での劇的な売上アップを支える決定打となったのです。コロナ禍の逆風を味方につけた垂直立ち上げ段林:コロナ禍ってみなさん結構苦戦されたと思うんですが、たまたま運良く逆に名古屋でコロナのタイミングで出た分で、会社で見ると実はトータルで、名古屋の頑張りで……篠田社長: そうです。名古屋に出る前は売上9億そこそこでしたけど、名古屋出てって13億ぐらいはすぐ行ったかな。段林:はあ! じゃあもう本社にも相乗効果でプラスだったんですね。篠田社長:そうそう。13億ぐらい行った気がしますね。段林:ああ、すごいですね。篠田社長:出た時期は最悪な時期でしたが、ブルーカラーは仕事が無くならないのもありました。その時期になぜか、逆に人が取れたんですよ。段林:なんでなんですか?篠田社長:工場が止まったりしていたからなのか、募集したら結構人が取れて。だから1年半ぐらいで10数台になりましたね。もう今とあまり遜色ないぐらい、14、5台ぐらいにはなったと思いますね。段林:ああ、すごい。めちゃめちゃ垂直立ち上げですね。篠田社長:俺が本社に戻ってきて、本社で空いてる車があったらそれに乗って帰っちゃうから。段林:新幹線で来て?篠田社長:そう。本社で車に人がついてなかったら、「俺が向こうで使うから!」ってそれに乗って帰って。段林: すごい。かっこいいですね。ハイパープレイヤーですね(笑)。篠田社長: 最初は空いている車だけ持ってきていましたが、本社で動いていない車があったらそれに乗って帰って、向こうで募集してという感じでやっていましたね。だから本社で車を開けておくと、僕がすぐに持って行っちゃいます(笑)。段林: すごいなあ。でもさっきおっしゃっていましたけど、やっぱり篠田社長の感覚の中では「1人で数億ぐらいだったら作れる」みたいなのは、割と自信がありますか?篠田社長: 前はなかったですけど、今はありますね。でもやっぱり、お客さんが困ってることっていっぱいあるじゃないですか。段林: そうですね。篠田社長: それを何個か拾えれば、それぐらいにはなるんじゃないかなと思いますけどね。次世代への無茶振りと、未来への展望段林: 実は今日、この収録の場には、管理者になられる今井さんがいらっしゃるんです。今井さん、今の篠田社長の動きを同じ管理者として見た時に、どんな感覚なんですか?今井さん: もちろんですけど、同じ動きはできないなと思いますね。段林:コロナのそのタイミングの当時もいらっしゃったんですよね? 今井さん:その時はまだドライバーをやっている頃です。僕が入ったのが3、4年ぐらい前なので、名古屋がある程度軌道に乗ったぐらい、名古屋が2年目ぐらいの時に僕は入ったと思います。本当にすごいなとは思いますね。名古屋に出たのは、社長にしかできない行動だったんじゃないかなと思いますね。段林:これを次やらないとですね。どこでやります? 東京、名古屋ときたので、知らないところがいいですね。篠田社長:でも彼にはちょこちょこ言ってるんです。「そのうち出てけよ」って。段林:ですよね(笑)。「東北でやります」とか「北陸行きます」とか「大阪行きます」とか。篠田社長:それか今までうちがチャレンジしたことない、食品冷蔵業界とか。段林:いいですね、ゼロから車を買って。すごいチャレンジングですね。そっち系は今熱い部分もかなりありますね。他人事だと思ってると2年後ぐらいに回ってきますよ、「ちょっとやって来い」って(笑)。今井さん:僕はいつも隣で見ていて無茶ぶりしそうな社長をプンプンに感じているので、身構えています。段林:頑張らないとですね(笑)。なるほど、ありがとうございます。そんな形で名古屋を立ち上げ、コロナが明け、売上も十数億超え、今に近づいていくというところで。 次回、最終回です。実は今までのところで「篠田社長」と呼びかけしていますが、当時は部長、取締役でいらっしゃいました。篠田社長:そうです。段林:取締役ではあるけど、代表は元々の創業の時の先輩である池永さんが務められていた。それをバトンタッチをしたというのが直近のタイミングであったと思うので、その背景と今後の展望も最後お聞かせいただければと思います。今回もありがとうございました。篠田社長: ありがとうございました。▼前回のエピソードはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/RVBPorRx▼六興ラジオ【社会インフラの横丁から】シリーズはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/category/rokko-radio