始まりました。社会インフラの横丁から。この番組は、社会の当たり前を支えてくれている人たちの声を、人情味あふれる六興村の隅っこにあるこの横丁からお届けするラジオです。本日も温かいお話や苦労したお話、心に染み渡るお話、そしてこれからの未来につながるお話をお届けしてまいります。今回のゲストは、六興実業の中から、まさに「鉄砲玉」として活躍するセールス担当、神代秀崇さんをお迎えしました。医師家系に生まれながらラグビーの道を選び、大手企業を経て六興実業へ飛び込んだ異色のキャリア。その原点となる学生時代のエピソードから、バイタリティあふれる仕事観のルーツに迫ります。%3Ciframe%20data-testid%3D%22embed-iframe%22%20style%3D%22border-radius%3A12px%22%20src%3D%22https%3A%2F%2Fopen.spotify.com%2Fembed%2Fepisode%2F0a5cglQ1cG3XyPSfImKiYD%3Futm_source%3Dgenerator%22%20width%3D%22100%25%22%20height%3D%22352%22%20frameBorder%3D%220%22%20allowfullscreen%3D%22%22%20allow%3D%22autoplay%3B%20clipboard-write%3B%20encrypted-media%3B%20fullscreen%3B%20picture-in-picture%22%20loading%3D%22lazy%22%3E%3C%2Fiframe%3E%0A社員番号004、六興実業の「鉄砲玉」段林: 今回のゲストは、なんと社内からということで、六興実業株式会社の「鉄砲玉」、神代秀崇さんにお越しいただきました。よろしくお願いします。神代: よろしくお願いします。段林: 今回は神代さんたっての希望ということではありますが、まずは簡単に神代さんの自己紹介をお願いできますでしょうか。神代: 初めまして、神代秀崇と申します。年齢は、今週の土曜日で37歳になります。生まれも育ちも茨城県のつくば市で、高校生まではつくばにいました。大学は東京に出て、ラグビーをやっていました。ずっとスポーツを通じて成長してきたのかなと思います。高校、大学、社会人とラグビーを通じていろいろと経験してまいりました。その後は新卒で日立製作所のグループ会社に入りまして、主に営業をやっていましたが、直近では人材紹介など人材関係の業界におりました。いわゆるエージェントという形で人材紹介をやっていました。つくばで仕事がしたいという思いがある中で段林さんと縁があって知り合い、昨年の2024年5月に入社をして今1年と4ヶ月ぐらい経ったという形です。段林: そうですね。神代: この1年4ヶ月の間、営業をやらせていただいて、先ほど「鉄砲玉」とありましたが、ゼロから開拓していくというところにすごく魅力を感じています。僕自身もそこにやりがいを感じていて、実際にゼロから飛び込みをしたり、全く六興実業という名前を知られていない中でお客さんと接していくというところに、やりがいと楽しさとスリルと、いろいろな楽しみを感じて今仕事をさせていただいているというような形です。段林: ありがとうございます。今日は前半ということで、まずはそんな神代さんの深掘りをしてみようかと思います。ちなみに社員番号で言うと何番でしたっけ?神代: 004番ですね。段林: 004なんですが、六興実業に入社をしていただくという意思決定をしてくださったのは2番目ぐらいですかね。僕が採用面談という形で、オフィシャルに正社員を募集しますとオープンにして、一番初めに応募が来たのが神代さんなので。そのあたりのエピソードも面白い部分があるので、後ほどお話ししたいですね。まずは神代さんはつくばご出身ということですが、昨日神代さんとお客さんのところにご一緒する機会があったじゃないですか。そこでまさかの話がありましたね。神代: そうですね(笑)。段林: 神代さんのお母様が勤務していた病院の近くの運送会社さんにお邪魔していたんですが、その運送会社のご家族の皆さんが、そこの病院に通っていて、神代さんのお母さんの診察を受けていたというまさかの話がありましたね。神代: そうですね。段林: 家系はみんなお医者さんなんでしたっけ?神代: そうなんです。両親は元々大学の医学部で知り合って卒業して結婚したという感じです。父方の祖父も水戸で開業していて、そのまま父も医者になって、母と出会って結婚してという形です。母の方も3人兄弟で、母と妹と弟がいるんですが、みんなお医者さんです。段林: マジですか。じゃあ親戚の集まりだったら全員がお医者さんですか?神代: ほぼみんなお医者さんですね。僕の父のお姉さんはお医者さんじゃないですが、お姉さんの旦那さんは新宿で開業しているお医者さんです。その息子さん、僕のいとこの二人もみんなお医者さんですね。段林: ええ!神代さんのお兄さんも?神代: 僕の兄も、整形外科医をやっています。段林: なるほど。そんな中で、神代さんは肉体派として(笑)。神代: そうですね(笑)。親族全員医師の中で選んだ「筋肉」の道段林: 皆さん、今姿形が見えないと思うんですが……僕は大学時代アイスホッケーをやっていたり。ずっとスポーツをやってきたので、ガタイはいいほうです。恥ずかしい話、今はどちらかというと不摂生によって結構なボリュームの体になっているんですが、神代さんも結構なボリュームですね。ベンチプレスはどれくらい上がるんでしたっけ?神代: 今はMAXは120kgいかないぐらいだと思うんですけど、110kgぐらいかなと。段林: 今だったらそれくらいですか。全盛期でいうと?神代: 全盛期でいくと、一回上がったのは160kg、170kgぐらいまでは。段林: やばいですね(笑)。ということで、めちゃめちゃバリバリの体格系で、僕と神代さん合わせて200kgという重量でお送りしております。そんな中で、先ほどラグビーという話が出ましたが、これを聞くのは心苦しい部分がありますが、なぜ神代さんは医者の道を目指さず……もしかしたら目指せなかった可能性もありますが、どういう経緯だったんですか?神代: そうですね。やっぱり小学校、中学校と塾にも行かされましたし、「行かされた」と言ったらあれですが、かなり勉強漬けでした。「将来医者になれ」と小さい頃から散々言われてきましたし、テストの点数も絶対に親に見せないといけなかったりとか。そういう家庭環境の中で、兄はそこをグッとこらえてやるタイプだったんですが、僕は次男というところもあったんでしょうか、反発心があって、「やるもんか」と(笑)。段林: 逆に、ですね。神代: ただ、算数や数学はすごく得意だったんです。得意だったというか、段林さんにこんなことを言ったらあれですが、好きだったのでずっとやっていたんです。ですが、逆に英語や現代文などはあまり得意じゃなくて、本を読む習慣がほとんどなかったので、苦手なものは一切やらない、という感じでした。勉強って総合点で見られるじゃないですか。段林: そうですね。神代: なので、すごくできないことをめちゃめちゃ怒られて嫌になり……。高校も県立の高校を目指していたんですが、見事に不合格で滑り止めの私立に行きました。高校3年間で頑張って医者にはなろうかな、という感じだったんです。ですが、高校の制服を合わせに行く日に、高校のラグビー部の顧問の先生に「ちょっといいかい」と呼び止められまして。段林: はい。神代: 何もしてないんですけど、「なんかやっちゃったかな」みたいな。全然心当たりがなくて。そうしたら、「君、中学の時に陸上競技大会ってあるよね」と。段林: 県でやるやつですね。足が速い人が出るやつ。神代: そうです。それに僕は砲丸投げで出ていまして。段林: ほう!神代: それをその先生が見ていたみたいで、「君、砲丸投げやってたよね」と。「すごくバネがあるから、ラグビーをやろう」と誘われました。今度練習があるからきて欲しいと。段林: ちなみに中学は何部だったんですか?神代: 中学は陸上部と剣道部をやっていて、僕は小さい時から剣道をやっていたんですよ。段林: サッカーや野球をがっつりやっているというよりは、剣道を警察に通ってやるみたいな感じですか?神代: そうですそうです。剣道もつくば大などで練習したりとか。段林: つくば大が強いから、そこでやっていたりですね。神代: 全く球技をやったことがなかったんです。ただ、格闘技はやりたいな、というのはあったんです。当時はK-1の全盛期だったので。段林: 中学の時点で、結構ガタイ系だったんですか? 神代: サイズ感でも170cm近くあったのかな。結構大きいほうで、後ろから2番目ぐらいの感じでした。段林: その砲丸投げも、中学の記録大会では結構いい記録だったんですか?神代: いや全然。あまり覚えていないですけど、県で10番以内には入るぐらいでした。段林: でもすごいですよね、県で。神代: いやいや。飛び抜けていたわけではないので。段林: でもその先生はそれでリストアップしてたと思うんですよ。「このでかいのが来る、絶対に制服合わせに来た時に声をかけよう」と思ってたんでしょうね(笑)。「あの神代だ」と。ラグビーとの出会い、そして地獄の寮生活段林: それでラグビーに出会い……でも、つくば秀英っていろんなスポーツが強いじゃないですか。バスケットボールや野球も強いですよね。当時からラグビーも強豪だったんですか?神代: 県内では強い方ではあったんですが、全国大会へはいつも行けない、県で2番、3番ぐらいの感じでした。段林: じゃあ結構、選手集めが大事なところで声がかかり、未経験から男の格闘に憧れてラグビーの世界に入ってしまったと。神代: そうですね。段林: で、案の定、勉強よりタックルの方が楽しくなったという感じですね。神代: 強化部だったので、毎日練習という感じでした。段林: 朝はすごく早いですよね?神代: 早朝練習はなかったんですけど、授業が終わってから2時間、3時間練習して、帰りが大体9時で、帰って飯食って寝るみたいな。段林: やばいですね。飯3合食うみたいな(笑)。神代: (笑)。そういう生活だったので、文武両道も無理だな、と。そして体を鍛えることにすごく魅力を感じて、K1選手とか格好いいじゃないですか。段林: うんうん。神代: ああいう感じになりたいな、そっちの方が女の子にモテるみたいな(笑)。段林: つくば秀英は共学ですか?神代: 共学です。段林: 当時から愛読書は筋トレ雑誌みたいな感じですか?神代: アイアンマンでした(笑)。黒人のめちゃくちゃマッチョの人たちが表紙を飾っているような。段林: じゃあ高校でだいぶバルクアップしていたんですね。ラグビーのポジションはどこだったんですか?神代: ポジションはフォワードですね。前線のほうでスクラムを組む。段林: いわゆる本当にガッツリスクラムを組む、真ん中の一番ヤバいところですね。神代: そうですね、しっかりスクラム組んだりするところです。体をでかくしないといけないし、走らないといけないし。段林: すごい。どっちもやらないといけないですもんね。いの一番に行ってスクラムを組んで……神代: そうです。段林: 僕も出身が東大阪市の花園で、母親のおばあちゃんの家が花園だったんで、いわゆるラグビーの聖地ですよね。だから中学の一個下の子も、結構有名な日本代表に選ばれるラグビー選手兄弟がいたりとかで、ラグビーはなんとなく身近なんですよ。神代: そうですよね。段林: ラグビーを始めて筋トレ好きになるというのは、結構神代さんっぽさがありますよね。神代さんと接して1年ぐらいですが、ストイックさと言ったら浅いんですけど、ちゃんと自分のゲージが溜まっていく、自分のスキルゲージがしっかり溜まっていくところに快感を見出すタイプというか。そしてそこに愚直に打ち込めるみたいなところが、神代さんの特性な気がするので、そこに魅力を見出すというのはわかりますね。神代: そうですね。でもやっぱり積み重ねじゃないですけど、結局うまくいくまでやります。筋トレもそうですけど、すぐ100kg挙がらないじゃないですか。60kg、70kgとどんどん上がっていって挙がるから、それは仕事も一緒だし、今は耐えどきだなという時は、耐えてやろうみたいな。そういう学びがありましたね。段林: 高校は結局、全国に行ったんですか?神代: 3年の時は県内の決勝で負けちゃって、結局3年間、全国大会には行けなかったんです。段林: なるほど、じゃあ悔しいところでずっと終わっていたんですね。で、そこから医者の受験勉強は……引退が8月、9月とかですか?神代: いや、3年生のの11月ぐらいですね。段林: 到底無理ですね、恐らく(笑)。神代: 到底無理ですね(笑)。段林: その時にはもう受験勉強というよりは、違う路線だったんですか?神代: そうです。大学でもラグビーをやりたいという感じでした。半ば父も母も「好きなことやりな」と、高校1年ぐらいの時から言ってくれてたので、「もういいや」と思って、前向きに捉えたという感じですね。段林: そこまで熱中することがあるってすごいことですもんね。神代: そうですね。あと、県内決勝でいつも負けたり準決勝で負けたりする相手チームって大体決まってるんですけど、それが私立の進学校の茗溪学園なんですよ。あいつら頭いいんですよ(笑)。段林: 文武両道でやってるんですね。神代: そうそうそう。だから大体みんな私立のいい大学に行ったり、慶應とか早稲田のラグビー部に行ったりするんですよ。勉強もしていく感じで。段林: 慶應ってたしか、受験をちゃんとしないといけないみたいなのがありますよね。神代: 何枠かはスポーツ推薦で取れるんですけどね。だから、あいつらに負けたくねえな、ここで負けて大学でも負けるの嫌だなみたいなのがあって。「あいつらに大学では勝つ」「勝てる大学に行こう」みたいな気持ちがありました。段林: ちなみに大学は、帝京ラグビーって素人の僕でも知っているレベルのもう超名門大学、名門チームだと思うんですけど、それはスカウトで入るんですか?神代: 結局、指定校推薦みたいな形で入らせてもらいました。いわゆるスポーツ推薦で「来てください」みたいな感じではないんです。入ったものの、やべえ環境に来ちゃったなみたいな。段林: どんな感じなんですか?神代: まず男3人でワンルームに2段ベッドを置いて、男3人で住むような寮なんですよ、全寮制で。ラグビー部専用の寮が3つあって、全部で120人とかの組織です。今でこそ帝京ラグビーって何連覇もしてすごいチームになってるんですけど、僕が行った当時は優勝したことがないチームだったんです。段林: まだ手前だったんですね。神代: 全国ベスト4とかがMAXで。すごい選手はいたけど、優勝はしたことなくて、それこそ早稲田とかが輝いてた時代でした。やっぱり帝京ってちょっと柄悪い、みんな怖い人たちみたいな印象があって、そういう環境だし、先輩からの圧力もすごかったですね。段林: いわゆる今でこそ問題になるかもしれないような、ちょっとそういう体育会の寮内のしきたりがあったりね。神代: そうです。そういう体育会系のノリってあるじゃないですか。段林: 部屋には先輩がいるんですか?神代: もちろんです。段林: じゃあ、同じ学年3人とかじゃなくて、先輩後輩後輩の3学年で。神代: そうですそうです。段林: じゃあ一番下だともう地獄みたいな感じですね。神代: 一番下は絶対一番下なんで。段林: ベッドしか自分の居場所がないから、2段ベッドの上にずっといるみたいな(笑)。神代: 下のソファに座っていられる状態じゃないみたいな(笑)。段林: すごい。じゃあそういうところで叩き込まれて。神代: そういうとこで揉まれて。僕も恥ずかしながら、高校生までは洗濯なんかも自分でやっていたこともありますけど母にやってもらったり、もちろん食事もほとんど母が用意してくれていました。そこからそういう環境に来て、自分の洗濯だけじゃなくて先輩の洗濯もやらないといけないし、掃除もやらないといけないし、ゴミ出しも全部やっていました。そこは逆によかったなと思います。「やらなきゃ殺される」みたいな感じでした(笑)。段林: すごいな。でも、そこで今の神代さんの根っこが形成された感じがすごくわかりますね。人間って一定の忍耐レベルやストレス耐性など、いろんな部分があると思うんですけど、振り切れてますもんね。そこだけは負けない自信がありますよね。神代: そうですね。9連覇の黄金期、そして社会人へ段林: 結局大学は、どういう成果で終わったんですか?神代: 大学は最後、4年の時は全国優勝しました。段林: 初の?神代: 一個上の先輩が初優勝してるので、連覇ですね。そこから9連覇まで行きました。段林: すご! 神代: 史上初でした。今まで大学の連覇は3連覇までだったんですよ。それを悠に超えて9連覇して、その後2、3年負けちゃったんですけど、今また4、5連覇くらいしています。段林: すごい。じゃあ、黄金期の一番イキれる先輩なんですね(笑)。神代: いやいや(笑)。今見てると、すごくラグビーIQの高いチームなんです。段林: 昔はもっと泥臭い感じだったんですかね。神代: とりあえずボール持って行け!みたいな感じだったんで(笑)。段林: 今はだいぶIQの高いプレーなんですね。神代: そうですね。段林: なるほど。そこから社会人は日立のグループ会社に入ったと言っていましたけど、それは普通に就職したんですか? ラグビーで行ったんですか?神代: 社会人でも続けたいなというのがあったんですけど、もちろん僕も大学時代トップチーム、いわゆるAチームでバリバリ出ていたメンバーではなかったので、いわゆるプロや実業団の大きいところに行くことはなかったんです。仕事をしながらラグビーもやれるところを探していて、たまたま日立の方でラグビーチームがあって、仕事もしながらできる枠があるよと、監督に紹介していただいて。段林: いわゆる実業団みたいなやつですね。でも勤務は普通にして、めっちゃ大変なんじゃないですか?神代: そうですね。6時ぐらいまで働いて、19時から練習が始まって21時に終わってみたいなのが週2、3ぐらいありました。段林: そうなんですね。そこからラグビーはいつまで続けたんですか?神代: 26歳まで、社会人で4年間やりました。段林: 社会人でやるってだいぶ大変ですよね。神代: そうですね、大変でしたね。でも楽しくやれたし、仕事もほとんどやってないみたいな感じだったので(笑)。ちょっと練習あるんで、みたいな空気が出せたので。段林: なるほど。当時は営業ですか?神代: 最初は営業だったんですけど、前半の2年間は管理の方で、ISO9001とかの認証を取る……段林: 工場の品質保証みたいな感じですね。神代: そうです。環境マネジメントみたいなものをやっていました。段林: 全く似つかわしくなくて笑いますね(笑)。神代: みんなに言われましたね。段林: なるほど。でも僕の今の神代さんの印象って、ビジネスをちゃんと学びたい欲が強くて勉強熱心ですし、いろいろ吸収してみたいなことをやってらっしゃる印象がめちゃめちゃ強いんです。先ほど「本を読むのが嫌いだった」と言っていたのに、結構本も読んでいる印象があるし、色々勉強して吸収している印象があるんです。高校でタックルに目覚めて、社会人でもタックルしていたみたいな話でしたが、ビジネススイッチに切り替わったのはどういうタイミングだったんですか?神代: ラグビーを辞めたタイミングで、そのまま働き続けられたんですけど、やっぱり成長がないなと思いました。辞めたから、次に打ち込めるものはないかなと探していました。段林: なるほどなるほど。神代: ここに居ても、あんまり成長がないなと感じたので、そこから色々本読むようになったりしました。それこそ日経新聞なんて大学時代も読んだことがなかったので、日経新聞を読み始めたりして。転職しようと思って、転職したという感じですね。段林: それで人材系の業界に入っていったという流れですかね。なるほど。神代さんの今の骨格がすごく見えてきましたが……。さっき神代さんが「このポッドキャスト、本当に台本ないんですね」って驚いていたんです(笑)。僕らは営業マンですから、日中は時間が取れないということで、朝6時半に集まって今収録してるんです。6時半まで僕は神代さんの目の前でパソコンを触っていて、「あ、じゃあやりますか」と。「本当に台本も打ち合わせもないんですね」と今収録しています。神代: ですね。段林: 今深掘りしてちょうど30分ぐらい経つので、どうしようかなと悩んでいるんですが……六興に入る直前のところまで行きたいなと思います。最終的に人材の中で、ソフトバンクのグループなど色々スタートアップっぽいところに結構いたんですよね。神代: 大体6年ぐらいいましたね。段林: 新規で立ち上げみたいなこともやってらっしゃったんですよね。僕のイメージで言うといわゆるオールドタイプの日立系のグループ会社から、ソフトバンク系のグループで、新しい新規ビジネスとしてやるのって、結構スピード感などが変わると思うんです。なんかその辺は転職してどんな感じだったんですか?神代: 全然違いましたね。いわゆる日立の方は稟議だったりフローが決まっていて、それを通らないと物事が進められない感じでしたけど、やっぱりベンチャー、ソフトバンクの方は、決済者の方に行って「ここをこうしたい」と提案して、というスピード感でした。やっぱり、裁量を任せると言ったらあれですけど、自分で決めて自分で行動できるみたいなのは全然違ったし、それは楽しさというか、面白味がありましたね。段林: そうですよね。仕事の面白みみたいなのは、それまでは歯車の一つみたいなところから、自分で動かしていくみたいなのは割とおもしろいなという感じになってきたんですね。神代: そうですね。段林: そこから別の業界見てみようかなと、我々に出会うきっかけみたいなが話ありますが、そこはどういうきっかけがあったんですか?神代: あの……あまり言葉を選ばずに言うとですね、人材業界に辟易したというか(笑)。段林: ああ、わかりますよ。神代: 段林さんも日頃おっしゃることだと思うんですけど、働く目的みたいなところの「矢印」と自分は表現するんですけど、それが自分に向きすぎていました。要はたくさん稼ぎたいとか、キャリアアップしたいとか、実績を作りたいとか、この業界の中でそういうことばかり考えていたんですよね。段林: はい。神代: でも本質は、誰かにちゃんと喜んでもらって対価をもらうみたいなのが適切だし、仕事ってそれやりがいや自分の価値が上がっていくというか……自分で評価することも大事ですけど、やっぱり周りからたくさん評価してもらわないと意味がないなと、辟易しまして。段林: なるほどね。神代: という観点で、もっと「社会的に困ってる」とか「これ社会課題だよね」みたいな、浅い表現になっちゃうんですけど、そういうところに取り組んでいくことが、僕はすごくやりがいを感じるなというのがあって。段林さんの顔を見て六興実業に。段林: 僕はめちゃめちゃ覚えてます。神代さんと初めに出会った時に、僕もいわゆるそっち系の業界出身で、いろんな良い面はありますから、あんまり人のビジネスを否定はできないですけど。個人的には色々思う部分もあり、僕はよく「火事場泥棒ビジネス」と言っていますが(笑)。「人手不足にかこつけて、人の移動をして誰のためになってるんだろう」って、僕は正直そういうスタンスでやっているんで、思うことはありました。そこで意気投合したというか、そんな中で出会って話させていただいたというのはすごく覚えています。神代: はい。段林: 当時から本当にビジョンドリブンというか、神代さんが積み上げてきた努力できるというか頑張れるというか、人間的な耐性力みたいなところと、あと積み上げていくことができる耐性力、体力と、積み上げる力みたいな話と。一方で、自分で選んでスタートアップにジョブチェンジをしてやってきたというところと。さらにその中で今やっていることに疑問を持って、本当にビジョナリーにやってきたいなとか、社会の役に立つと言ったらおこがましいですけど、やっていきたいなみたいな。そんなところがすごく印象的で、僕は是非この人だったら一緒に働きたいなと思ったのを今思い出しました。まさに神代さんのこのヒストリーが、今の六興実業に合っていますね。神代: そうですね。段林: これ以上行くと長くなりすぎるので、一旦ここで切ります。ちなみに僕は一つだけ、神代さんの出会いというところで言いたいお話があるんですけれども、それは次回に置いておくということで。前半は、神代秀崇の六興実業に入るまでの部分をお送りをさせていただきました。後半の次回は、実際六興実業に入る意思決定をするところから、今運送会社さんと日々出会う中で、どういうふうに思うことがあるかとか、今実際どう感じて働いているのかみたいなことを深掘りできればなと思います。次回もよろしくお願いいたします。神代: ありがとうございます。▼前回のエピソードはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/2FOhwKJ1▼六興ラジオ【社会インフラの横丁から】シリーズはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/category/rokko-radio▼六興実業公式LINEはコチラ👇https://lin.ee/CBj09Eq