始まりました。社会インフラの横丁から。この番組は、社会の当たり前を支えてくれている人たちの声を、人情味あふれる六興村の隅っこにあるこの横丁からお届けするラジオです。本日も温かいお話や苦労したお話、心に染み渡るお話、そしてこれからの未来につながるお話をお届けしてまいります。 今回のゲストは、千葉県を拠点に建材や材木の配送を手掛け、創業60年の歴史を持つ高橋電設運送株式会社の代表取締役、髙橋佑介氏です。 「教師の息子」として育ち、家業とは無縁の真面目な少年時代を過ごした髙橋社長。家業を継ぐ気など全くなかった彼が、なぜ運送業界へ足を踏み入れたのか? その原点には、新卒で入社した大手飲食チェーンでの挫折と、ある上司からの「仕事の視点を変える」アドバイスがありました。経営者としての基礎を築いた意外なキャリアのスタート地点について、じっくりと語っていただきました。%3Ciframe%20data-testid%3D%22embed-iframe%22%20style%3D%22border-radius%3A12px%22%20src%3D%22https%3A%2F%2Fopen.spotify.com%2Fembed%2Fepisode%2F0qZ3o9S0UIGffw3T81F0aJ%3Futm_source%3Dgenerator%22%20width%3D%22100%25%22%20height%3D%22352%22%20frameBorder%3D%220%22%20allowfullscreen%3D%22%22%20allow%3D%22autoplay%3B%20clipboard-write%3B%20encrypted-media%3B%20fullscreen%3B%20picture-in-picture%22%20loading%3D%22lazy%22%3E%3C%2Fiframe%3E千葉で60年、建材・材木輸送のプロフェッショナル段林: 本日は高橋電設運送の髙橋社長にお越しいただいております。よろしくお願いいたします。髙橋社長: よろしくお願いします。段林: 最初に簡単に、会社の内容を含めて髙橋社長の自己紹介をお願いします。髙橋社長: 高橋電設運送の髙橋と申します。会社としては60年ぐらいの社歴になります。千葉県で建材・材木をメインに、色々なものの配送をしております。車は平車、ユニック車が多いです。3〜4年程前に食品の配送も始めて、というようなところですね。段林: ありがとうございます。今、お持ちの車は50台ぐらいですかね?髙橋社長: そうですね。今50台くらいです。段林: 社長がご入社された時は何台だったんですか?髙橋社長: 最初、何台くらいかな……。10台とかそのくらいで、当時は電柱と足場の配送だけやってました。段林: そこから色々紆余曲折を経て、今の形まで拡大をしてきたのですね。一度お話しさせていただいて、興味深いお話が色々ございましたので、ぜひ今日は深掘りさせていただきたいなと思っております。最近は良く「物流ウィークリー」という業界紙にも登場しておりますので「もしかしたらあの社長かな」なんて思うかもしれませんね。今は御年齢、42歳ですよね。髙橋社長: そうですね。今42歳です。段林: ですよね。比較的、運送業の社長の中だとお若い部類になりますよね。髙橋社長: 運送業の中だと若いかもしれないですね。段林: しかも、3代目に当たるんですよね。社長を引き継がれたのはいつになりますか?髙橋社長: 5年ぐらい前ですかね。段林: そういう意味で言うと、バトンタッチは早めなイメージですね。その辺も、実は特殊なお話があるというか、少し深掘りしたいエピソードを僕も仕入れております。創業者の想いと「無邪気すぎる」ロゴマークの秘密段林: 続いて、社長がこの会社にジョインするまでの背景を、ざっとお伺いできればと思っております。よろしくお願いします。高橋社長:はい。段林:ちょっとその前に、余談なんですけど。この間オフィスにお邪魔した時に入り口に会社のロゴマークがあって。結構インパクトあって「素敵だな」と思いました。てっきり最近作ったものなのかなって思ったんですけど、ホームページ見ると結構昔からあるんですよね。髙橋社長: そうなんですよ。私の父、2代目の社長が子供の頃に、初代の社長に「なんかいいロゴマークねえか」みたいな相談をして考えたらしいんですよね。段林: すごいですよね。ホームページに書いてあるエピソードだと、高橋社長のお父様がまだ子供だった時に、すごい無邪気に「電柱を運んでいて、電気に関係する仕事をしているから稲妻のマークがいいんじゃないの?」っていう。すごく無邪気な…(笑)。髙橋社長: そうですね(笑)。そして「高橋のT」っていうので。段林: すごいインパクトあるなと思いました。髙橋社長: そのままずっとそのロゴマークでやってますね。段林: ですよね。令和の今見てもあまり違和感も無いですもんね。髙橋社長: そうですね(笑)。段林: そんな親子3代でやっているんですね。創業は1965年で、一応ホームページ見るとその前から個人事業主という形でおじい様がやられていたということなので、本当の創業自体は1962年からですね。ある意味、幼少期からずっと経営の姿を見て過ごしてきたと思うんですけど、ぶっちゃけ「継ぐ気」ってあったんですか?髙橋社長: いや、全くなかったんですよ。ていうのが、おじいさんとかを見てても、経営者としての姿っていうのは実はあんまり見てなくて。段林: なるほど。髙橋社長: 夜に社員に肩担がれて、酔っ払って帰ってくるみたいなイメージなんですよ(笑)。なのでどちらかといえばネガティブなイメージの方が強くて。「運送業は俺は嫌だな」みたいなイメージでした。もともと「継いでくれ」みたいな話も一切なかったので、全く「継ぐか継がないか」みたいなことは考えていなかったです。真面目な「学級委員」タイプだった少年時代段林: じゃあお父様も、「お前はいつか継ぐんだよ」みたいなことは一切言ってなかったんですか?髙橋社長: 全くなかったです。父も元々学校の先生だったんです。段林: そうなんですね?!ある意味突然継ぐことになっったんですね。 お父様が継がれたのはどれぐらいだったんですか? 髙橋社長: どれくらいだろうな。私が継ぐ10年前くらいなのかな。ちょっと詳しく覚えてないですけど。段林: じゃあ今から15年前くらいですね。ではおじい様が創業して、高橋社長が成人して家を出てっていう時は、まだお父様は教師の仕事をやられてたんで、どちらかというと家庭的には「教師の息子」として育ったっていう感覚の方が近いことですね。髙橋社長: そうですね。段林: ではお父さんが経営してる姿を直接見るというよりは、おじいさんが経営してる姿を見てたんですね。髙橋社長:実は母も学校の先生だったので、もう本当に「学校の先生の息子」でした(笑)。段林: もう、ザ・ですね(笑)。髙橋社長:だから小さい頃とかは、学級委員とかやったりするタイプだったんですよ。段林: ちゃんと真面目に育っていくやつですね(笑)。ちゃんとレールに乗るタイプの。髙橋社長: そうそうそう、そういう感じです。まさに。段林: 学級委員とかもやられて、普通に進学して大学に行って、いわゆる一般的な企業に就職して...という感じですかね?髙橋社長: そうですね。ただ明確に「やりたいことがなかった」っていうのはありますけどね。当時、「これやりたい」みたいな事があれば、またちょっと違った人生になってたのかなという気はしますね、今振り返ると。段林: 今、実際高校生や大学生が何かやりたいことがあるかといわれれると、なかなか無いですもんね。僕自身も特になかったような気がします(笑)。なんとなく良い大学行って、なんとなく良いところに就職して、みたいに思っていました。高橋社長: そうですよね。息子が今高校生なのですが、聞いてみても明確にこれになりたいみたいなのないですもんね。段林:やっぱり難しいですよね。高橋社長は子供の頃はどんなタイプだったんですか?髙橋社長: 子供の頃は、比較的スポーツとか勉強は得意だったんですよ。小学校の頃とかって、ちょっと勉強できて足速い子ってモテるじゃないですか。段林: あー、わかりますわかります。髙橋社長: だからバレンタインデーにチョコもらったりとか、そういう感じでした(笑)。そして、中学校は私立の学校を受験をして中学校から私立の学校に行ったんです。中高一貫で6年間同じ環境で育って。やっぱりその思春期の頃に6年間一緒にいた仲間って、未だに毎年忘年会やって集まったりとかっていう仲ですね。そういう仲間と出会えたんで、その6年間は非常に良かったなと今も思っています。段林: でもやっぱりその6年間の同級生の方々で、いわゆる運送業の社長やっている方はいないんじゃないですか。髙橋社長: いないですね。経営してる人がいないですね。皆就職して頑張ってやっていますね。大手飲食チェーンへの就職と、文化のミスマッチ高橋社長: そこからまあ大学は出とかないとみたいな感覚で。かと言って、ろくに勉強したりもしてなかったので推薦でいいところに入れるわけでもなくて…。今考えれば高校のレベル自体は低くない学校なのでちゃんとやっておけばもう少し選択肢は広がったのかもしれないです。ですが勉強があまり好きじゃなかったので、とりあえず合格した大学に行くっていう流れになりまして。 大学の4年間っていうのも、本当に人によって違ってくると思うんですけど、全く何もしない4年間で(笑)。段林: そうだったんですか(笑)。髙橋社長: ただ、さすがに5年行くわけにもいかないなってところもあって、単位ぴったりで卒業しました(笑)。段林: ギリギリだったんですね(笑)。髙橋社長: 4年生になってもちゃんと学校行ってるみたいな(笑)。そんな感じで。なので就職活動もろくにやっていなくて、大学の同級生に、「仕事しないわけにはいかないし、この辺の会社を一応受けてみたら」と言われて「あ、じゃあそうしようか」と言ってスーツもその人から借りてちょっと受けてくるわ、みたいな感じで受けにいっていましたね。段林: 結構パンクですね(笑)。だいぶはみ出した大学生かもしれないですね。髙橋社長: それで、飲食業の会社に受かったので、「あ、じゃあ受かったんだから行ってみよう」と就職することにしました。 ただ、元気よくハキハキ笑顔で、みたいな感じじゃないですか、飲食業って。まあはっきり言って、私の性格とは真逆の世界なんですよ。「元気よく笑顔で」とかって得意じゃないというか、素で出てくる感じの性格じゃないんで。無理くりそういう風にしなきゃいけなくて。でもすごく学びにはなりました。「店長になったつもりで働け」最初の上司の教え段林:ワタミさんですよね。今から20年前とかだと、割とバリバリの時ですよね。「ブラック企業だなんだ」と騒がれる直前の、一番イケイケの時期ですよね。★コラム 髙橋社長が鍛えられた「ワタミ1000店舗構想」の時代髙橋社長が新卒で入社し、経営の基礎を叩き込まれたワタミグループ(当時:ワタミフードサービス)。2000年代初頭、同社は「2010年に1000店舗達成」という壮大なビジョンを掲げ、急成長を遂げていました。単なる飲食店運営ではなく、「地球上で一番たくさんのありがとうを集めるグループになろう」という理念のもと、社員全員が経営者視点を持つことを強く求められた時期でもあります。番組内で語られる「店長になるイメージで働け」という上司の言葉は、この熱狂的な成長期の空気感を象徴しています。髙橋社長: 騒がれる前だから、もう余計にですよね。我々の前はもっとそうだったとは思いますけど。でも、やっぱり社長の魅力というか。決めたことはやり切るっていうスタンスって、今考えるとすごいなと思って。なかなかあの環境でやらせるって難しいと思うんですよ。段林:なるほど。髙橋社長: もちろん離職率も高くて辞めてしまう人は辞めてしまう人もいましたが、一定数人がしっかりついてくるんです。そのマネジメントってすごいなと今でも思っています。当時、社長が1000店舗目指すっていう形でずっと旗を振っていたんですね。現場でやってる側からすると、全くイメージわかない数なんです。段林:当時入社した時でどれぐらいの規模だったんですか。200〜300とかですか?髙橋社長: いや、もう少しあったと思います。ただ、店舗を出したとして、店長になれるような人材もいないし、まして現場で働く人間もいない中で、どうやってやってくのかなと思いました。ただやっぱり社長がその1000店舗っていう旗を降ろさないですから、現場はついていくっていうところで。まあ多分それが大変だったんでしょうね、きっと。段林: なるほど。まあでも結果的にはですよね。高橋社長:そこは優に超えましたね。やっぱりね、店舗を任されるようになると、採用からマネジメントから売上の管理から全部やるんですね。そこはすごく勉強になって。当時20代前半ぐらいで、すごくいろんなことを学ばせてもらいました。人の倍働いていたので、すごく大きな財産になりました。段林: なんだかんだ1店舗任されますってなると、アルバイト含めて30〜40人ぐらいはいますもんね。で、売上も年間だと億単位は普通に行くような事業ですよね。っていうのの1つの主として、仕入れ責任、採用責任、でPL、数字の責任全部ちゃんとやるっていう。髙橋社長: そうなんですよ。だから本当に今のやってることの基礎の基礎みたいなとこを学ばせてもらったというか。すごく良かったですね。ただ今でも覚えてるんですけど、入社して最初の仕事の内容ってアルバイトと変わらないんですよ。一応大学も出て社会人になって、なんでこんなことやらなきゃいけないのかと思い、入ってすぐに「もう辞めてえな」と思ったんですよ。段林: はい。髙橋社長: で、今でも覚えてるのが当時の上司に「お前が一番先に辞めたいって言ってきた」みたいな話をされて。ただその時に「辞めるのは簡単ですぐ辞められるけど、1年間我慢してみろ」と。「1年後、店長になるイメージをしながら仕事してみろ」と。 人間やっぱり、イメージやビジョンが明確になると、仕事っぷりが変わってきて。段林: なるほど。髙橋社長: 例えばお客さん帰った後のテーブルの片付けとかも、今まではパッパッパッとやってたのが、きっちりちゃんと綺麗にする、みたいな。やっぱり変わってくるんですよね。やっぱりこれもまた1つ学びになったというか。今考えると全てを含めていい経験をしたなという気がします。段林: でも本当に良いですね。大学から就職したものの、実質は店舗の社員とアルバイトさんでやってることが変わらない。でも一応店長になる予定ではあって。「先を見て仕事しろ」ってよく言われはするものの、すごく大事ですね。髙橋社長: そうですね。実際やってみると違いますね。段林:ちょっとここ後でまた詳しく聞きたいんですけど、その時に学んだスタンスですね。それこそ『物流ウィークリー』さんの記事で読んで結構印象的に残ったフレーズがあって、高橋電設運送に入社した後に、「社長になったらこうしよう」っていうことをメモに溜めてたっていう。これってまさに、「店長になったと思って仕事をする」っていうのと同じで、「社長になったと思って仕事をする」みたいな話の、その姿勢に生きてるのかなみたいな。髙橋社長: よく言われますよね、それって。今の階層より2つ上ぐらいのイメージで働け、みたいな。段林:ありますね。髙橋社長: まあ、それがあったからっていうわけでもないですけど、やっぱり自分がやるとしたらこういう風にしていきたいなみたいなイメージ、ビジョンっていうのは、常に持ちながら働いていましたね。段林: なるほど、ありがとうございます。そんな話をしているとですね、もう第1回のお時間が来てしまいまして。でも社長の今回のお話ではまだ実は運送会社に入社もしてないので、前半戦ということで。次回はどういう形で、最初新卒でご入社された飲食から今に至っていくかを次回、さらに深掘りできればと思います。髙橋社長: 分かりました。段林: ありがとうございました。髙橋社長: ありがとうございました。▼前回のエピソードはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/9SDfQQ-I▼六興ラジオ【社会インフラの横丁から】シリーズはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/category/rokko-radio