始まりました。社会インフラの横丁から。この番組は、社会の当たり前を支えてくれている人たちの声を、人情味あふれる六興村の隅っこにあるこの横丁からお届けするラジオです。本日も温かいお話や苦労したお話、心に染み渡るお話、そしてこれからの未来につながるお話をお届けしてまいります。今回のゲストは、前回に引き続き、愛知県海部郡飛島村の有限会社コトブキ運輸 永田和仁社長。 今回は、お笑い芸人の夢を諦めた永田社長が、トラックドライバーとしていかにしてキャリアを築いていったのか、そのリアルな道のりに迫ります。長時間労働や無茶な配車をこなした修業時代、そして転機となった「伊勢志摩サミット」での壮絶な経験とは。%3Ciframe%20data-testid%3D%22embed-iframe%22%20style%3D%22border-radius%3A12px%22%20src%3D%22https%3A%2F%2Fopen.spotify.com%2Fembed%2Fepisode%2F47h4UxEdsKDQ0DcL98Z925%3Futm_source%3Dgenerator%22%20width%3D%22100%25%22%20height%3D%22352%22%20frameBorder%3D%220%22%20allowfullscreen%3D%22%22%20allow%3D%22autoplay%3B%20clipboard-write%3B%20encrypted-media%3B%20fullscreen%3B%20picture-in-picture%22%20loading%3D%22lazy%22%3E%3C%2Fiframe%3E%0A手積み手降ろしの洗礼と「稼げない」現実段林: 今回のゲストも、前回に引き続き有限会社コトブキ運輸の永田社長にお越しいただいております。よろしくお願いいたします。永田社長: よろしくお願いします。段林: 前回は、芸人を辞めて名古屋に戻り、物流倉庫で働き始めたものの、「結婚を考えたらこれじゃ稼げない」ということでドライバーになられた、というところまで伺いました。実際、最初はあまり稼げなかったというお話もありましたが、ドライバーとしてのスタートはどんなお仕事からだったんですか?永田社長: 最初は4トンの箱車ですね。ゲート(昇降機)付きの車両で、工事現場の仮設ハウスで使用する備品を配送する仕事です。今で言う「チャブリ」というか、もちろん手積み手降ろしですし。現場への入れ込みから、引越しの作業みたいな、力仕事からスタートしました。段林: 仮設ハウスというと、大きなプレハブですよね。それをトラックで運んで、大きい建物だったら上の階まで持っていく事もあるという事ですか?永田社長: そうです。コピー機を分解して担いだり、6人用のロッカーだったり、カウンター書庫だったりを二人で担いで運んでいました。 今思うと、よくできたなと思います。当時は若くて右も左もわからず、「トラックってこういうものなんだ」と思い込んでいたからやれたんだと思います。給料も手取りで22万位でしたし、労働時間も比較的長い方だったと思います。段林: なるほど。朝も早いし、1日で2、3件回ることもありますよね。永田社長: そうですね。そのくらい回りますし、時期によってはそれ以上回ることもありました。今は土曜日はお休みですが、当時は土曜日は仕事があるのが当たり前、なんなら日曜日も休日出勤があったりして。 意外と疲れる割には儲からないな、というのが最初の運送業の印象でした。段林: 倉庫時代よりは上がったけど……という感じですかね。永田社長: 倉庫時代よりは若干上がりましたけど、めちゃくちゃしんどいなと。「倉庫の方が体は楽だったのに、給料はこんなもんか」という感覚でしたね。怪我の功名? ユニック車への転向と「無法地帯」段林: そういう中で、前回「5年ぐらい経ったらある程度……」とおっしゃっていましたが、転機は……永田社長: 箱車には2、3年乗っていて、ちょっと汚い話なんですが痔になってしまいました(笑)。段林: そうだったんですか(笑)。永田社長:ずっと力んだりしていたので職業病かもしれませんが(笑)。それで起き上がることができなくなってしまい、1ヶ月くらい戦線離脱しました。そこで当時の会社の専務が「お前、もう力仕事じゃなくてユニックの方をやらないか」と声をかけてくれたんです。段林: ほうほう。永田社長:それで、同じ会社の別の部署であるユニック部門に異動しました。 トラックの運転は辛うじてできる状態だったので、そこからはユニックや玉掛けなどの資格を取りながらステップアップしていきました。でも最初はやっぱり仕事ができないので稼げなかったですね。職人としても中途半端ですし、覚えることもいっぱいありますから。ユニックに乗って1、2年はそんなに稼げませんでした。段林: それも現場搬入の仕事だったんですか?永田社長: そうです。その頃はまだ現場も会社もそんな厳しくないので、無免許でユニックに乗っていましたね(笑)。段林: あー(笑)。永田社長:で、世の中的に「ちょっとこれはまずいぞ」となった時に免許を取りに行ったんです。だから資格取る時にはめちゃめちゃプロフェッショナルなユニック捌きなんですよ、現場でゴリゴリにやってたので。段林: 昔はそういうのもきっとあったんでしょうね。永田社長: 結構ありましたね。段林: じゃあそんな形で、箱車からユニックで現場搬入の仕事をずっとやられて、そこは結構長く勤められたんですか?永田社長: そのまま39歳まで働いたので、約18、9年はいましたね。「常識外れの配車」をこなすための裏技段林:そうなんですね。じゃあそこで、管理者やまとめるような仕事も色々やられて?永田社長: 「職長さん」と言って、この地方特有の、トヨタ自動車関連の会社の中の設備工事をしてる会社の休憩所などを建てていたんです。だから当然、トヨタルールを覚えないといけないとか、講習や職長教育を受けたりとか、色々受けに行きました。段林: じゃあそういうところで管理職のイロハは叩き込まれつつ。永田社長: 叩き込まれつつ、でも歩合給でやっていたので、講習を受けに行ったら0円なんですよ。段林: ほう!永田社長: じゃあどこかで取り返さないといけないので、トラックに乗っている時間に詰め込んでいました。そこの配車係もイカれてたので(笑)、「どう考えても無理」というのを、1日6回戦、多い時で7回戦やっていました。段林: どうやってやるんですか? 積んで戻ってきて……どれだけ近くても1回戦2時間はかかりますよね。永田社長: かかります。仮設ハウスなので、最初は積んでますよね。それをユニックで降ろして水平取って、というのが1つの納品です。で、空車になったところで、どこかの仮設を取りに行って引き取りが入ればいいんですよ。でも、まずそんなことはなくて、納品、納品と2回続くということは、1回ヤードに戻らないとダメなんですよね。段林: はいはい。永田社長: 例えば今だったら「8時半からスタート」「9時からスタート」と、現場もきっちりしているじゃないですか。その時はまだふわっとしていたので、例えば9時スタートの納品だったら、7時ぐらいに勝手に行って。段林: なるほど(笑)。永田社長: 誰もいませんけど、現場も開けっぱなしだったり、閉まっていても開けられちゃう。で、「おそらくここに置くだろう」ということろに、ユニックを出してアウトリガーを張って、吊って、あとは置くだけという状態にしておく。なんならブロックを噛ませて水平まで取って、あと降ろすだけにしておいて、現場の人が来たら「ここいいですか?」「あ、いいよ」と。ダメだったら、ちょっと振ってやり直すという場合もあるんですけど。段林: 準備万端で。永田社長: で、置いてサインをもらう。本来9時スタートのところを、7時半ぐらいに来てくれたら、8時には現場出れるんですよね。1時間短縮できる。高速も下道も「イカれてるんじゃねえか」っていうぐらいバンバン走って。よく言う「名古屋走り」ですよ。段林: ええ。永田社長: あれの権化みたいな走り方して、ヤードに戻って、自分でリフトで積んで、また次の現場に行く。ただ、次の現場も今度9時半からスタートとかなんです。「9時スタート、9時半スタート」ってもうイカれてるわけですよ(笑)。段林: 無理ですね、それ(笑)。永田社長: 自分でも行けない。作業してるだけで終わっちゃう。それを、次のとこへなんとか必死で走って行っても、もう遅れているから怒られてしまいます。そんな感じで、ストレスはめちゃめちゃ溜まるんですよね。燃え尽きた「伊勢志摩サミット」永田社長: そんな中、職長教育を受けて、最後は伊勢志摩サミットですね。その現場の職長を最後にやっていたんですが、1ヶ月の間に、1000棟ぐらいハウスを組まなければいけませんでした。段林: なるほど。永田社長: 警察の宿舎、消防の宿舎、マスコミの宿舎を建てると。あとは伊勢志摩の辺りとか、セントレアに自衛隊のハウスも建てないといけない。それを1ヶ月の間に組むんです。で、サミットが終わったら今度はバラして撤去。だから2000棟ぐらいを2ヶ月の間にやるわけです。段林: ええー。永田社長: 1ヶ月に1000棟ぐらいやるという段取りから現地に入って、仮置きする場所をお借りしたりしました。でも当然歩合給だったので、その時間は無給ですよ。段林: それは関係ないんですか?永田社長: 関係ないんです。段林: どちらかというと、「ドライバーは走ってなんぼ」だったんですね。永田社長: 走ってなんぼの会社なのに、職長になったばっかりに無給で働く時間があって、なんなら僕より後に入って僕が教えた人間の方が、給料を稼いでるという時もありましたね。段林: それをやってるより、走ってる方が稼げちゃうから。永田社長: 稼げちゃう。「なんのために働いてるんだろう」と思っていました。あとは、東北の地震もありましたね。あの時代も地場で働いて、夜に荷物を積んで、翌朝山形へ行くといった仕事もしていました。着くわけがないんですよ。でも周りの運送業の人たちも必死でやっていて、高速道路が無料だった時期もありましたし、みんな居眠り運転ギリギリで走っているような状態でした。あの時もタコメーター回りっぱなしで働いていましたし、そうしていると体がおかしくなってしまいますよね。段林: はあ……。永田社長: 自律神経がおかしくて病院にも行ったんです。家でテレビを見てるだけで脂汗が出てくるとか、何も楽しくない、物を食べても味がしない、急に心臓がバクバクする、不安感がある。もう半分ノイローゼみたいになって、「もうこれはアカンな」という時期がありました。その時に仏教の本を読んでみたり、いろんな人の優しさに触れたり、自然の元気を教えてもらったりというのもあって……結局、その会社は辞めてしまいました。段林: そうなんですね。今はコンプライアンス的に言うとすごいですけど、昔はそういう時代だったんですね。永田社長: 昔はそうでしたね。段林: 僕は運送業界に入ったのがだいぶ厳しくなってからなので、「それって……」と思う話ですけど、昔はどこの会社さんも多分そんな状態でやっていたんでしょうね。永田社長: そうだと思いますよ。だから2024年問題だったり、「430(よんさんまる)休憩取りましょう」と言われるようになったわけで、元がめちゃくちゃだったんです。段林: そうですね。話は戻るんですけど、職長さんをやっていた頃は、半分運送業なのか半分建設業なのか、分からないような部分がありますね。永田社長: どちらかと言うと職人ですね。二階建ての屋根に上がって組み立て作業もやるわけですし。高所作業をするのにゼネコンさんは厳しいわけですよ、落下事故が起きちゃうから。段林: そうですよね、だからハーネス付けましょうとか……永田社長: まだ僕の時代はハーネスなかったですね。 安全帯の二丁掛けとかはありましたけど、ちょうどそれが出たぐらいでした。僕が辞める頃に「ハーネスをつけましょう」という時代になりましたね。段林: なるほど。それで辞められて、コトブキ運輸へ?永田社長: まだ入ってないんです、実は。段林: そこからまだあるんですか。永田社長: まだあるんです。「不可能」をやり遂げた達成感と、次のステージへ永田社長: 先ほど言った伊勢志摩サミットですね。まず、そんなことをできるプレハブ業者がいないと、みんな断っていたらしいんですよ。1ヶ月に1000棟ぐらい組むなんて、できるわけないじゃんと。段林: 運送業の仕事じゃないですよね。永田社長: ただ、当時勤めてた会社がいただいてた仕事のプレハブ会社が、「できるでしょ」と受けちゃったんですよ。で、やらないといけなくなっちゃったんです。だから「多分一生のうちでこんな仕事できないよな」「なかなかこんなプレハブに関わってもできないよな」という仕事をやらせていただいて……できちゃったんですよ。段林: ほうほう。永田社長: ちょっと天狗ではないですけど、やり切った感がすごくて、燃え尽き症候群みたいな。「このサミットほどの仕事はもうやることはできないんだったら、ここまでできる自分は社会に放り出されたらどこまでいけるのか」というのを試したかったのもあって、辞めたというのもあるんですけど、色んな理由で辞めましたね。段林: へえー。ちなみに、無給の部分もあったと思うんですけど、その時ぐらいだったら、リアルにドライバーさんとしてどれぐらい稼げるようになっていたんですか?永田社長: 多い時ですけど、手取りで50万ぐらいは。段林: うわー、だいぶいきますね。永田社長: あったんですけど。ただ売り上げとしては、「まあまあやったよね」「相当やったよね」という感覚でしたが、ブラックボックス化されていて実際の売り上げは分かりませんでした。段林: そうですよね。仮に1日平均4回戦だとしたら、月300万近くは上がるんじゃないかなと。永田社長: 上がると思います。組み立て作業もありますもんね。段林: ですよね。永田社長: ただそれも、今自分が社長になってみると、会社側の事情も分かるわけですよ、経費もかかるし。ただ、今ほど燃料も高くない時代だったので、「もうちょっともらってもよかったんじゃない?」と思ったのも辞める理由の一つでした。自分が外へ出たらいくら稼げるんだろうと、自分の値打ちを一回見てみたかったというのはありましたね。3児の父、図書館に通うプータローになる段林: そこから、職を変えよう、外に出てみようというので、次はどんなことに?永田社長: 次は何の当てもなく、嫁も持ち家もあり、家のローンもあり、子供も3人いるのに辞めました。とりあえず1ヶ月間は、近くの図書館で本を読み漁っていました。段林: ええ(笑)。永田社長: 1ヶ月間、朝から晩までずっとビジネス書などを色々読み漁って、もうプータローですよね。段林: ちなみに、当時お子さんはおいくつだったんですか?永田社長: 下はまだ保育園と小学生、上は中学校ぐらいだったと思います。もう今は、上は二人社会人、一番下も大学生で無事に育っています。その頃は本当にお金がないのに……でも一応退職金をいくらかいただいたので、「1ヶ月は生き延びられるだろう」と、ひたすら本を読んでいましたね。段林: へえ。永田社長: そうこうしてるうちに、高校の同級生に声をかけたら「ユニックの会社がある。そこ行ったらどうだ」と言うので、知り合いがいるからと紹介してもらって、弥富にある運送会社に入社して、そこでコトブキのドライバーさんと現場で知り合いました。段林: なるほど。永田社長: で、「うちに来てもらえないですか」と言われたんですが、まだ入ったばかりだったので最初は断っていました。ただ、コトブキの社長が倒れたと聞いて。社長もトラックに乗っていて、現場で会っていたんです。段林: はいはいはい。永田社長: 「最近見ないな」と思っていたら倒れていて。「会社も大変なんだけど、ちょっと助けてくれないか」と言われた時に、行ってみようかなと思いました。その会社もまだ入社して4ヶ月ぐらいだったんですけど、結局辞めました。悪く言うと引き抜きかもしれませんが、給料も提示されずに辞めましたね。「会社を見せてくれない」謎の転職先永田社長: で、そこの番頭さんが、なぜか会社を見せてくれないんです。段林: ああ(笑)。永田社長: いつもコメダの喫茶店で会って、「うちに来たらこういう仕事がありますよ」という話をするんです。で、「会社は……」と言うと「まあそれは入社の日でいいから」と。僕も調べて住所に行けば分かるんですが、何か心がザワザワして行きませんでした。そして入社の当日に会社に行ったら、とんでもないゴミ屋敷の……。段林: ははは(笑)。永田社長: パレットは散らかってるし、「本当にこの会社大丈夫?」という状態からスタートしました。段林: なるほど。色々引っかかるポイントがあるんですが、別の会社に入社したてで、そうやって声かけられて、何がビビッときて、「これかもしれない」と思ったんですか?永田社長: 数ヶ月いたその会社も、トラックが50台ぐらいある会社でした。トレーラーもあるし、豊橋にも営業所があって、二拠点でやっている老舗です。で、その前の18年勤めた会社も老舗で、台数も多い。そんなところから、6人しかいないっていうのは分かっていました。段林: ギリギリですよね、5台ぴったりで。永田社長: 新しいトラックもあればボロボロのトラックもあって……好奇心ですかね、「一回行ってみようかな」みたいな。小さい会社で、自分の力を試せるじゃないですか。段林: なるほど。永田社長: やりたい放題だなと思って。特に会社のルールもないだろうし、「自分色に染められるんじゃないか」という淡い期待で、入社を決めちゃいましたね。「リハビリ完了前」の狂気と挑戦段林: 面白いですね。でも今のお話、確かにその運送業で、もう50台というと結構しっかりした会社ってなってくると思うんです。そこで、数台の会社さんに入ると、自分の色に染められると思われたんですね。とはいえ当時はまだドライバーさんですよね?永田社長: そうです。段林: 管理者をやっていて、管理者として入って「自分色に染められるな」だったらまだ分かるんですが、いち運転手で自分色。永田社長: いち運転手で。段林: そこがパンクですね。永田社長: もう頭が壊れてて、まだリハビリ完了前の状態ですね、ブラック企業のその回路のまま(笑)。まだリハビリは完了してなかったですね、その時は。段林: 今の永田社長の話を聞いていると、そこの感覚がすごく繋がってるんだなと思います。永田社長: 一つの駒じゃなくなった瞬間ですね。段林: なるほど。先ほどちらっと出たその話、昔聞いたことがありますが、「ずっと番頭さんが会社見せてくんないで行ったらボロボロだった」というところで、次回はそこからですね。聞いている方々は、「今コトブキ運輸の社長って聞いているけど、あれ?ドライバーとして転職して……どういうこと?」となっていると思います。そこからいろんなエピソードをまた聞いていければなと思います。ぜひ次回も、よろしくお願いします。永田社長: 楽しみですよ、ここから。段林: 楽しみです。次回よろしくお願いします。永田社長: はい。よろしくお願いします。▼前回のエピソードはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/4nU466qU▼六興ラジオ【社会インフラの横丁から】シリーズはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/category/rokko-radio▼六興実業公式LINEはコチラ👇https://lin.ee/CBj09Eq