始まりました。社会インフラの横丁から。この番組は、社会の当たり前を支えてくれている人たちの声を、人情味あふれる六興村の隅っこにあるこの横丁からお届けするラジオです。本日も温かいお話や苦労したお話、心に染み渡るお話、そしてこれからの未来につながるお話をお届けしてまいります。 今回は、前回に引き続き埼玉県戸田市の株式会社エー・シー・トランスポート、篠田昌孝社長をゲストにお迎えします。創業から順調に売上を伸ばしてきたかのように見える同社ですが、その裏側には「人の定着」という大きな壁がありました。年間10名もの社員が去っていく苦しい時期、篠田社長はいかにして会社を立て直したのか。そこには、一人の若き社員とのドラマチックな出会いと成長、そして別れがありました。会社の運命を変えたエピソードと、独自のビジネスモデルについてじっくりと伺います。%3Ciframe%20data-testid%3D%22embed-iframe%22%20style%3D%22border-radius%3A12px%22%20src%3D%22https%3A%2F%2Fopen.spotify.com%2Fembed%2Fepisode%2F6L4oL78Ev1XVkVIf7eRCw1%3Futm_source%3Dgenerator%22%20width%3D%22100%25%22%20height%3D%22352%22%20frameBorder%3D%220%22%20allowfullscreen%3D%22%22%20allow%3D%22autoplay%3B%20clipboard-write%3B%20encrypted-media%3B%20fullscreen%3B%20picture-in-picture%22%20loading%3D%22lazy%22%3E%3C%2Fiframe%3E%0A年間10人が去っていく。急成長の裏で訪れた「組織の修羅場」段林: 今回も株式会社エー・シー・トランスポートの、篠田社長にお越しいただいております。前回は、創業からおよそ7、8年で売上が6億円前後になり、さらにドライバーさんを迎える体制が整ったというお話を伺いました。一見すると、かなり順調に来すぎている感がありますよね。創業から7年、8年で売上6〜7億円までいかれたということで、最初の頃はご自身でも現場に出て、大手さんとお付き合いをして、少し順調にいったとのことでした。その中でも、結構しんどい「修羅場」みたいな時期はあったりされたのでしょうか?篠田社長: しんどい修羅場といいますか、やっぱり一番は「人が辞めていく」ことですね。疲弊して辞めていくこと。「修羅場」と言っていいのか分かりませんが、うちの場合は幸い大きな事故などはあまりなかったんです。ただ、人が辞めていく、疲弊していくというのが、一番修羅場といえば修羅場だったのかなと思います。段林: 一番ひどい時で、例えば大量離職のようなこともあったんですか? 立て続けに辞めてしまうとか。篠田社長: 他社さんのお話で「クーデターが起きた」みたいな話をたまに聞きますが、うちはそういうのはなくて。クーデターはないんですが、年間で10人ぐらいが辞めていくような時期がありました。その月で2人辞めたりとか。当時40人ぐらい社員がいた中で、10人がいなくなるって結構大きいじゃないですか。段林: そうですね。篠田社長: そういう時期はありましたね。段林: 毎月1人入ってくるんだけど、1人辞めていくみたいな感じで。入ってくる分と辞める分を差し引きすると、年間でプラス数人しか増えていない、そんな時期があったということですね。篠田社長: ありました。段林: 今振り返ると、その原因は何だったと思われますか?篠田社長: やっぱり「イケイケドンドン」だったからでしょうね。僕らはそうやってきたので、イケイケドンドンだとは思っていないんですが、その頃から世間では「ワークライフバランス」とか言われ出して。段林: 2008年、9年、10年あたりですかね。篠田社長: そうですね。そういう「働くのが悪だ」みたいな風潮が出てきた感じでしょうか。段林: 推察するに、比較的若いドライバーさんが入ってくるイメージがあったんですが、やっぱり「思ったよりタフな仕事だな」ということで辞めていくと。篠田社長: そうですね。段林: 今の法令と照らし合わせると、当時の方が今よりタフでしたか?篠田社長: 今より全然タフでしたね。段林: 今だとちょっとアウトぐらいでしたか(笑)。篠田社長: アウトですよね(笑)。それぐらいやらないと稼げない、というのもありましたし。会社としても、創業者が一人でずっとやってきてお金の苦労をしてきたので、ある程度お金を残していくようにしないと、という思いもありました。この業界は働くことでしか上がらないじゃないですか。生産性を上げるのもなかなか難しいですし、昔は動いてなんぼだったので、どうしても動くと時間がかかってしまいますから。段林: そうですね。篠田社長: そういうのが想いと反比例する時期はありましたね。どこでもあるとは思うんですが。段林: 「なんでこんな忙しいの」と。篠田社長: そうです、そうです。お客さんからもやはり小回りが利くので頼られてしまうところがあったりして、どちらかというと会社自体が「ノー」と言わない会社でした。「なんとかしてやりますよ」と受けてしまって。段林: 「急遽明日これやって」とか、なんならもう車庫に帰ってきて「帰ろうかな」と思っていたら、「ごめん、今からいける?」みたいなこともあって、そんなのが積み重なっていって辞めていく、という感じで。篠田社長: そうですね。段林: なるほど。それもあって、踊り場的な時期があったんですね。そこをブレイクスルーするきっかけというのは何だったのでしょうか?会社を変えた「若きエース」の急成長篠田社長: ちょうどそれくらいの時期に入ってきた若い子がいたんです。元々入ってきた時から、面接をした際に人となりを見て、勢いがあって「何か違うな」と感じる部分がありました。段林: おお。篠田社長: 今はドライバーとして入ると大変だけれど、「何年か後かには必ず俺が引き上げてあげるから、今は頑張んな」と言って採用しました。そうしたら、その子が急成長したんです。段林: へえ!篠田社長: 3年ぐらいでもうトラックドライバーを降ろして内勤者にして。その子もやっぱり仕事が結構取れたんですよ。そこで結構、取り扱い額が増えましたね。それが一番の要因かなと思います。段林: 今はどうされているんですか?篠田社長: 今はですね……言っていいのか分かりませんが、上場会社の方に。段林: へえ。篠田社長: うちも会社の体制を整えられないところがあったりしたのですが、彼はもっと成果を上げたいタイプだったんです。それが目に見える形で欲しかったというのもあったでしょうし。 本当に大手の会社が、上場前に物流知見者としていろんなところから面接して採用する中で、彼は中小企業から行ったのに目を付けられて採用されましたから。段林: ヘッドハンティング的な感じで、本当に相当優秀だったんですね。篠田社長: そうですね。見てくれもいいですし、優秀だと思いますよ。大手に向いている考え方だと思います。段林: じゃあ、「置き土産」である程度仕事が増えたと。篠田社長: そうです。その彼が成長したのが、ちょうど6億円ぐらいからの時期で、その彼が成長したことで結構伸びましたね。段林: やっぱりそんなに、人ひとりで変わるものなんですか。篠田社長: 変わりますね。人ひとりで数億円の仕事を作るのは、この業界ではそんなに難しくないんじゃないかなと思います。段林: なるほど。そういう出会いがあり、ブレイクスルーして。結局その方は何年ぐらい在籍されたんですか?篠田社長: 6年、7年ぐらい居たかな。今ちょうど40歳ぐらい、まだ40行ってないかな? だから20代そこそこで入ってきて、27、8歳ぐらいまではいたと思います。段林: そんな超若手で、バリバリやってらっしゃったんですね。篠田社長: そうそう。段林: めっちゃすごいですね。感覚的にあまり分からないのでお伺いしたいんですが、運送会社さんってある程度ドライバーさんの中から、どこかのタイミングで中の内勤で配車係といった形で引き上げていくじゃないですか。そこの決め手になる基準みたいなものはあるんですか?篠田社長: やっぱり一番は「やりたい」という意欲と、あとは人間性じゃないですかね。一番はそんな気がします。段林: ある意味、ドライバーさんからも一目置かれないと仕事ができないですもんね。篠田社長: そうですね。段林: でも結構、限られたポジションにはなるじゃないですか。ある程度成長していく前提だったら何人か上げられますが、そうじゃなければポストも限られるので、結構難しい判断ですよね。篠田社長: 難しいといえば難しいと思いますよ。うちも、何人か意欲があってやってみたけど「やっぱりダメで」という人もいます。段林: じゃあ一回戻る、みたいな。篠田社長: そうです、普通に戻る。段林: 「そっちの方が気楽」という人もいますよね。篠田社長: 「やってみたけど」って。だからなるべく「やりたい」という意欲を尊重するような形は取っていますけど。段林: そうなんですね。そういうのはどういう時にコミュニケーションされるんですか?篠田社長: 常日頃から管理者には言いますよ、「あの子いいんじゃないの?」とか。段林: やっぱりそうやってコミュニケーションして引っ張り上げるような感じのことを、常にしていかないといけないんですね。篠田社長: そうですね。そうしないとなかなか会社がね。管理職が増えると販管費が上がる部分もありますけど、長い目で見るとやっぱりそういう人が増えてこないと、社長が60、70歳になっていつまでも仕事を取るなんていう会社では発展しないじゃないですか。段林: そうですね。だから自分たちがそれぞれ、何十人分かは賄っていくというのが理想形ですもんね。篠田社長: 早く若い人たちにバトンタッチした方がいいんですよ。段林: なるほどなるほど。いやあ、そうですね。【★コラム】ドライバーの司令塔「配車係(内勤)」とは?運送業界における「内勤(配車担当)」は、単なる事務や裏方の仕事ではありません。限られた数のトラックとドライバーを組み合わせ、どの荷物を、どのルートで、どう効率よく運ぶかをパズルのように組み立てる、いわば現場の「司令塔」です。同時に、荷主からの依頼を受け付け、運賃を交渉し、時には新しい仕事を取ってくる「営業」の側面も強く持ち合わせています。そのため、現場を知り尽くした優秀な配車担当者が一人いるだけで、トラックの空き時間が減って稼働率が劇的に上がり、結果として数億円規模の売上を生み出すことも珍しくありません。ドライバーたちから一目置かれる人間性と、ビジネスを組み立てるセンスの両方が求められる、会社の心臓部とも言える重要なポジションです。独自のサービス「レンタル・トラック」の発想段林: そんな形で増えていきながらも、その時、篠田社長はどういうポジショニングでやってらっしゃったんですか? ちょうど増えていくタイミングとか。篠田社長: 僕はどちらかというと、配車業務を降りてから、自分がやらなきゃいけないことは「創客」だと思っていたので、新規のお客さんを作ったりとか、取引先を広げるようなことには注力しながらやってはいましたね。段林: 営業でさらにお客さんネットワークを作っていくと。 結構御社って、特殊な仕事の仕方というか……「レンタル・トラック」と書いてあって、よくよく見ると「トラック・プラス・運転手付き」で、スポット便とかチャーターってことですよね?みたいな(笑)。僕はどこかでこの広告を見たことがあって、すごく記憶に残っているんです。もしかすると御社じゃないかもしれませんが、レンタルトラックと書いてあって。よくよく見ると、トラックと運転手でチャーター便。「ああ、スポット受けますってことじゃん」と思ったんですけど(笑)。篠田社長: 時間貸し切りみたいなイメージですね。段林: こういうのも、結構アイディアベースで生まれたんですか?篠田社長: これは先代の池永会長が結構アイディアマンで、何でもやってみようってタイプだったので、そういうアイディアをもとに作り上げたものですね。段林: そうなんですね。面白いですよね。篠田社長: でも結構これ、利用者がいるんですよ。音大の学生さんとか。段林: 楽器運んでほしいとか。篠田社長: そうそう。何時間で終わるからこれぐらいですか、みたいな。段林: へえ。篠田社長: それが定期的にある感じです。段林: 僕も大学の時アイスホッケーをやっていたんですけど、結構アイスホッケーって荷物や防具がいっぱいあって重いじゃないですか。やっぱり明治大学などの強いチームはトラックで来るんですよ。篠田社長: へえ、そうなんだ。段林: 確かに一人一人の防具って結構大きいボリュームになるんで。でもああいうのも、意外と学生利用や一般利用は、頼み方が分からないですよね。篠田社長: そうかもしれないですね。段林: 業界の中にいると、当たり前のように運送会社を探しますけど。運送会社って、食べログみたいなものもないので。どこに頼むんだみたいな感じで。篠田社長: そうですね。段林: 結構そういうアイディアみたいなもので、いろんな仕事の切り口も作りながら、ちょっとずつ増えていってという感じで。次なる挑戦、名古屋進出への布石段林: ここから僕、さらに聞きたいことがありまして。ついに次回、本当に聞きたかったことが聞けるんですが。「名古屋」に拠点を出されるというので、御社はそこまで基本は地場なんですよね? 篠田社長: そうですね。段林: だから実は名古屋に出すのって、完全な飛び地で。篠田社長: そうです。段林: だから意味不明っちゃ意味不明なんですよね(笑)。長距離とかをやっていれば、間の中継で大阪に行くのがしんどいから、というのは分かるんですけど。今までも基本はずっと地場配送で来ていて、たまに依頼で行くみたいなのはあったかもしれないですけど、基本はそんな前提ですよね。 篠田社長: そうです。段林: という中で、名古屋を立ち上げたと。僕が篠田社長にお会いした時に聞いた話では、「もうお前行ってこい」みたいな話で(笑)。 結構ベテランになってから単身で乗り込んでやる、みたいなことをやってきたと、そんな話も伺いました。これも非常に面白いなと思っているのですが、ここも飛躍の第2ポイントなんですよね。篠田社長: そうですね。段林: 先ほどのお話で、若手エースの方がぐっと伸ばしてくれたタイミングと、またさらにそこから名古屋でぐっと伸びていくというタイミングがあったのだと思います。 そこの部分のお話を、次回聞かせていただいてお届けしたいと思います。では、今回もありがとうございました。篠田社長: ありがとうございました。▼前回のエピソードはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/KZKiDkWu▼六興ラジオ【社会インフラの横丁から】シリーズはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/category/rokko-radio