始まりました。社会インフラの横丁から。この番組は、社会の当たり前を支えてくれている人たちの声を、人情味あふれる六興村の隅っこにあるこの横丁からお届けするラジオです。本日も温かいお話や苦労したお話、心に染み渡るお話、そしてこれからの未来につながるお話をお届けしてまいります。第7回目のゲストは、埼玉県戸田市で運送業を営む株式会社清光ライン 代表取締役の清水朋一氏。 六興実業の代表・段林とは創業直後からの付き合いであり、運送業の厳しい世界を教えてくれた師のような存在です。2024年に創業20周年を迎えた清水社長。その道のりは決して平坦ではありませんでした。「会社は仲間がいてこそ成り立つ」と語る社長が、リーマンショックで全てを失い、従業員ゼロから再起した壮絶な軌跡を振り返ります。「やったらやっただけ」の時代から、ドライバーが胸を張れる会社を目指し、常に高い水準を追求し続ける清水社長のユニークな人柄と、強い経営哲学が詰まった対談をお届けします。%3Ciframe%20data-testid%3D%22embed-iframe%22%20style%3D%22border-radius%3A12px%22%20src%3D%22https%3A%2F%2Fopen.spotify.com%2Fembed%2Fepisode%2F1aL1RGIlk1hjX7EtemADq4%3Futm_source%3Dgenerator%22%20width%3D%22100%25%22%20height%3D%22352%22%20frameBorder%3D%220%22%20allowfullscreen%3D%22%22%20allow%3D%22autoplay%3B%20clipboard-write%3B%20encrypted-media%3B%20fullscreen%3B%20picture-in-picture%22%20loading%3D%22lazy%22%3E%3C%2Fiframe%3E%0A創業20周年を迎えた清光ライン段林: 本日のゲストは、清光ラインの清水社長にお越しいただきました。よろしくお願いいたします。清水社長: よろしくお願いします。段林: 清水社長、自己紹介をお願いします。清水社長:埼玉県戸田市で運送業を営んでいる株式会社清光ライン代表の清水です。よろしくお願いします。段林: よろしくお願いします。実は、僕も清水社長とは、六興実業を創業した直後くらいからご縁をいただいておりまして、我々の事業の相談に乗っていただいたり、運送業というもののいろんなことを教えていただいたりしています。今日はこうしてお話しできることを非常に楽しみにしていました。清水社長: よろしくお願いします。段林: 清光ラインさんは、先日ちょうど20周年を迎えられたそうですね。清水社長: 今月の28日で、満20年になります。段林: おめでとうございます!20年の節目ということで、まずは当時の創業の経緯から振り返って少しお話を伺いたいと思います。清水社長: はい。私は色々な運送会社に勤めてきたのですが、最終的に独立する前にいた会社で管理職をやっていました。そこは社長と専務が兄弟で、その会社の内部の状況を見ていて、正直「嫌になってしまった」んです。そこで、「もう30万円の中古のトラック1台買って、独立しよう」と決めたのが始まりです。段林: そうだったのですね。清水社長の中で、「よくしていこう」みたいな思いもその環境の中ではあったんでしょうか。清水社長: そうですね。自分の中で、立場上実現が難しいというのもありました。やっぱり立場が変わると、やらなきゃいけないことや、言ってはいけないことも変わってくる。そこは最初、本当に難しかったですね。段林: 創業時は、トラック1台で、ご自身で乗りながら仕事を取りながら、全てをこなされていた。清水社長: はい。運送業の管理職をやっていても、経営に関してはズブの素人でした。車の購入、仕事の取り方、銀行との関係、経理関係、日報のつけ方など、全て独学でやってきたんです。なので、きっちり今のシステム作りみたいになっていくまでは、かなり苦労しました。「掃いて捨てるほど」時代からの脱却段林: 今の形になるまで全部ゼロからやってこられたんですね。清水社長:はい、そうですね、全部自分で。段林:何か参考にされた本や人など、そういうのもないんですか?清水社長:全くないです。人の真似をしてやって失敗した時に、その人のせいにしたくなってしまうので。若いころからやってきたところで、運賃然り話し方然り、そこをやっぱりちゃんとした会社として作り上げていくっていうのが自分の目標だったので。段林:創業して5年くらいで、30台くらいの会社に成長されていたかと思うのですが。今からだと10から15年ほど前ですかね。まだ今ほど世の中が当たり前になっていない頃から、「ちゃんと冬はスタッドレスタイヤを履く」「バックモニターをつける」といった、安全に必要なものは準備されていたと聞いています。清水社長: はい。自分がドライバー上がりなので、やっぱり必要なものに費用をかけないのは良くないと思っていました。会社が用意してくれれば、働く側も「ありがたい」と感じ、働きやすさにつながります。段林:創業のタイミングだと、正直まだ余裕がないところもあったと思いますが、その頃から働きやすさにはずっとこだわってこられたんですね。清水社長: そうですね。初めの頃は今ほどではなかったですが、昔は「やったらやっただけ」という時代でしたからね。徐々に人数が多くなるにつれて、働きやすい環境は整えていきました。常に上を目指す経営で100台規模へ段林: 創業された時、規模的に「将来はこんな運送会社にしたい」というビジョンはあったのでしょうか?清水社長: 正直なところ、ただただ、がむしゃらに仕事があれば貪欲に取って働いてきたというのが実情です。そうするうちに、入ってきてくれたドライバーたちが成長して同じようにやってくれて、気がついたらどんどん人が増えて大きくなっていきました。段林: 最盛期では、何台くらいの規模に?清水社長: コロナ前は100台くらいあって、社員も100名超でした。毎年10人くらいずつ増やしていったペースです。段林: すごいスピード感ですね。清水社長: 自分はせっかちなので、何に対してもそうなんですが、もう「仕事・車・人」が揃わないと仕事にならないんです。どこか一つが欠けても回らない。だから、トラックもバンバン先に買ってしまうし、「人が入ってくるなら取ればいいじゃん」っていう精神でずっとやってきました。配車係も大変でしょうけど、みんながこなしてついてきてくれているので。自分の力はある程度会社が大きくなるまでで、その後は管理職やドライバーのおかげです。段林: なるほど。清水社長: やっぱり、ドライバーが一番偉いんですよ、運送屋は。社長なんて偉くも何ともないんです。私一人いても何もならないんで、水屋をやるぐらいが関の山です。それだと自分がずっと働き続けなければいけないし、何もかもやらなきゃいけない。後は管理職も偉くはない。やっぱり「お願いして、気持ちよく仕事をしてもらう」。そして、「良い運賃で仕事を取る」。この両立が、一番板挟みで大変なポジションではあります。うちの仕事を全てわかっているドライバー上がりの方が管理職になっていっているので。だから内容はわかっているというのは強みかなと。段林: 先日、御社の社員の方に話を聞いたとき、「社長の要求水準が厳しい」と悲鳴を上げていました(笑)。清水社長: 確かに、私の要求水準は止めどないです。段林: でも、その要求水準があるからこそ、胸を張って「良い会社だ」と言えるような、ドライバーさんへの還元や働きやすい環境を用意できるのですよね。清水社長: 確かに従業員は大変だと思います。ですが、人間、甘いところと甘くないところ、ちゃんとメリハリをつけたいんです。自分に「ここまででいいや」っていうアッパーを作ってしまうと、それがアベレージになってしまう。上には上がいる。自分もそうですが、上にはいくらでも偉い人がいる。そこを目指していかないと、「今ある仕事だけで回ってれば十分」ということになってしまう。そうなると、管理職がそうなるとドライバーも成長が止まってしまうので、それは避けたいと思っています。段林: 素晴らしいです。【★コラム】 埼玉県戸田市の物流拠点としての地理的優位性 株式会社清光ラインが本社を置く埼玉県戸田市は、東京都心へのアクセスが非常に良好なエリアです。首都高速道路や外環自動車道といった幹線道路が整備されているため、関東全域への輸送をスムーズに行うことが可能です。戸田市は物流業や製造業に適した立地として、多くの企業が倉庫や工場を構えており、物流ネットワークのハブとして機能しています。創業数年で直面したリーマンショック、従業員ゼロからの復活段林: ここまで順風満帆に見えますが、創業されてからこれまで、ピンチはありましたか?清水社長: 何回もありますね。まず最初に、やり始めて数年でリーマンショック。段林: 創業2005年で、2008年のリーマンショックに直面された。本当に創業直後ですね。清水社長: はい。あの時は、銀行さんからなんとかお金を借りて、動いていないのにリース代を払って、給料を払って、なんとか凌ぎました。そこから従業員が一旦ゼロになって、自分一人になりました。でも、その後、前の会社の人間に「こんな会社だけど、いい?」と聞いたら、「ついていきます」と言ってくれたんです。そこで、「もう一回頑張ろうかな」と決めて、そこからはもう、10台〜15台増やした年もありますし、やり方も何もかも全部変えてやってきました。段林: リーマンショック当時、業種的にも厳しかったということですか。清水社長: 元々は、長距離輸送や大手さんの専属便をやっていたのですが、大手さんってやっぱり、自社が空いているから「もう来月からは要らないよ」って平気でやられてしまったんです。もう、「ください」なんていう商売のやり方はやめています。段林: なるほど。大手さんが自社を優先したのですね。清水社長: そうです。でもあの経験は良い勉強になりました。段林: 今思うと、当時、苦しい中でも融資をしてくれた金融機関さんもすごいですね。清水社長: ありがたいですね。結局、銀行は、自分のビジョンだとかやる気だとか、そういったところを全て面談で話して、相手を納得させていかないといけない。ただ数字だけで交渉するわけではないんです。段林: そうですね。清水社長: そういうところも、この20年の間にいっぱい勉強してきました。勉強というか、全部自分の実体験でですが。教科書通りにはいかないので、そこが難しいですが、できれば面白くなってくる。だから、管理職も仕事を取ってきた時は得意げに話しています。それが「楽しい」と思ってくれるなら、ドライバーもそうですけど、「この仕事やってて楽しい」と言ってくれるのが一番嬉しいですね。仕事はやらなければならないことではありますが、その中でも、嫌々働くのと「楽しい」と言ってくれるのとでは雲泥の差があるので。楽しいといってくれる従業員がいるのはありがたいですね。段林: そうですね。リーマンショックで一度従業員がゼロになっていたというお話は、実は初めて伺いました。その壮絶な経験が、今の清光ラインさんの経営のやり方のきっかけになっているのだと改めて感じました。次回は、その「働きやすい環境」を実現するために、具体的にどんなことを意識し、取り組んでいらっしゃるのか。そして、これから清光ラインさんが目指す未来について、さらに深くお話を伺えればと思います。本日はありがとうございました。清水社長: ありがとうございました。▼前回のエピソードはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/sh7dDRFK▼六興ラジオ【社会インフラの横丁から】シリーズはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/category/rokko-radio