始まりました。社会インフラの横丁から。この番組は、社会の当たり前を支えてくれている人たちの声を、人情味あふれる六興村の隅っこにあるこの横丁からお届けするラジオです。本日も温かいお話や苦労したお話、心に染み渡るお話、そしてこれからの未来につながるお話をお届けしてまいります。今回のゲストは、埼玉県戸田市に本社を構える株式会社エー・シー・トランスポートの篠田昌孝社長です。 街中でひときわ目を引く「紫とピンクのゴリラのトラック」を見たことはありませんか? 今や保有台数100台に迫る勢いの運送会社を率いる篠田社長ですが、そのスタートはエアコンも効かない2万円のトラック1台からでした。進学校に通いながら大学進学を拒み、18歳で運送業界へ飛び込んだ「型破り」なキャリアと、若き日の創業エピソードをたっぷりとお届けします。%3Ciframe%20data-testid%3D%22embed-iframe%22%20style%3D%22border-radius%3A12px%22%20src%3D%22https%3A%2F%2Fopen.spotify.com%2Fembed%2Fepisode%2F0Jz6icrEParTP4Ij3Vl5Vf%3Futm_source%3Dgenerator%22%20width%3D%22100%25%22%20height%3D%22352%22%20frameBorder%3D%220%22%20allowfullscreen%3D%22%22%20allow%3D%22autoplay%3B%20clipboard-write%3B%20encrypted-media%3B%20fullscreen%3B%20picture-in-picture%22%20loading%3D%22lazy%22%3E%3C%2Fiframe%3E段林: 本日は、埼玉県戸田市の株式会社エー・シー・トランスポート、篠田昌孝社長にお越しいただきました。よろしくお願いいたします。篠田社長: はい、よろしくお願いします。段林: ちょっと簡単に、自社紹介、自己紹介からお願いできますでしょうか。篠田社長: よろしくお願いします。会社名は株式会社エー・シー・トランスポートで、埼玉県戸田市に本社を置き、名古屋市港区にも営業所を持っています。メインはトラック輸送で、主に一般貨物を運んでいますね。車両台数は現在92台ほどで、来期には100台を超える予定で活動しています。段林: ありがとうございます。埼玉の戸田付近を走っていると、紫とピンクのカラーリングにゴリラのマークがついたトラックをよく見かけますよね。結構目立つので、視聴者の方の中にも「見たことある!」という方がいらっしゃるかもしれません。篠田社長との出会いは、ひょんなことから、営業先の社長さんにご紹介いただいたのがきっかけで、今日が9月30日なんですが、初めてお会いしたのが8月の頭ぐらいでした。最初にお電話したときは、息子さんの野球の全国大会に行かれていたのが印象的でした。実は私も小学生の頃にソフトボールで全国大会に出場したことがありまして。篠田社長: おお。段林: コーチか何かで行かれたんですか?篠田社長: いえいえ、親として。段林: 付き添いで。そんなご縁からスタートし、お話しする中で勢いを感じたのと、ぜひ聞いてみたいお話しがあったので、今回深掘りしていければと思います。このポッドキャストは完全アドリブで、10分前まで別の打ち合わせをしていたところからいきなり収録を始めておりますが、よろしくお願いします。篠田社長: お願いします。始まりは「フロム・エー」から。たまたま選んだ運送業界段林: 今日聞きたい本丸があるんですが、そこに至るまでまずスタートしていきたいので。今、ご年齢で言うと、おいくつですか。篠田社長: 今年47になります。段林: 運送業はいつから?篠田社長: 業界はもう18からだから……29年ですかね。段林: 最初に関わったきっかけというか、どんな形から最初はスタートしていかれたんですか?篠田社長: そうですね、働くところは別にどこでもよかったので、フロム・エーか何かを見ている時に、一番最初に入った会社の記事が、「若手が活躍中」みたいな、若い人たちが乗ってる写真を見て。別に運送会社じゃなくてもよかったんですけど、行ったのがたまたま運送屋だったというだけです。段林:じゃあ「働くか」ってなって、「どこで働こう」と雑誌を広げてみたら「若い人活躍中」で、 行ってみるか、と。篠田社長: そうです。段林: 最初にチャレンジした時は、どういうトラックからスタートしたんですか?篠田社長: 4トン車が少ない、引越しとかメインの会社だったので。最初に乗ったのは2トンショートで、2トンロングに乗って、4トンみたいな感じでやっていましたね。【★コラム】90年代後半の求人誌『フロム・エー』と当時の就業感覚篠田社長が仕事を探す際に手に取った『フロム・エー(From A)』は、主に1980年代から2000年代にかけて一世を風靡した分厚い求人情報誌です。当時はコンビニエンスストアや駅の売店で数百円で販売されており、若者たちの仕事探しの定番ツールでした。インターネットでの求人検索が当たり前になる前の時代。求職者は雑誌のページをパラパラと押し開き、「若手が活躍中!」といったキャッチコピーや、職場の雰囲気が伝わる小さな写真を頼りに、直感で応募先を決めることがよくありました。埼玉県屈指の進学校に通いながらも、あえてこの雑誌からノリと直感で現場の世界へ飛び込んだ篠田少年の選択は、当時の一般的なエリートコースとは真逆の、非常にパンクなものだったと言えます。23歳と29歳の再出発。M&Aがもたらした転機段林: 順調にステップアップしてやりながらということですね。その後、どんな変遷を経て今のACトランスポートに辿り着くのでしょうか。 ACトランスポートは、そもそも創業で言うと2002年ということになりますね。篠田社長: そうですね。活動自体は2001年の10月とか9月ぐらいから、前社長と2人でスタートして、登記が2002年の1月に済んだという感じです。段林: 2002年ということは、実は働き始めてから立ち上げまではわりかし数年ですよね。篠田社長: 僕は23歳で、前社長が29歳でACトランスポートが始まりました。段林: おお、じゃあもう本当に5年ぐらい。篠田社長: そうですそうです。段林: 最初の会社で前社長、今の池永さんと出会われて、2人ともドライバーで……。篠田社長: 池永さんはもうその時は管理職で、配車マンみたいな感じでした。段林: どれぐらいの規模の会社だったんですか?篠田社長: その時は33台……35台なかった気がします。段林: じゃあ本当に地元のというか、中堅というか。池永さんも社長の右腕的な感じで上に上がって、管理職をやられていたと。篠田社長: そうそう。で、その会社が大手の運送会社に吸収されたんです。段林: それが、5年経って……。篠田社長: そうですね。その吸収された会社でちょうど1年ぐらい働いてたんですけど、タイミングもあったりで。段林: 最初はドライバーさんとしてずっとやって、吸収されて、「まあなんかちょっと面白くなくなってきたな」となってきて。篠田社長: そうですね。段林: M&Aで吸収されると、やっぱり全然変わるんですか。篠田社長: まあ若かったのもあったんで。合併した時は、重量物をやってる専門の部署を、任せるじゃないけど「責任者になってほしい」みたいなことを言われてそっちに行ったんです。段林: ほう。篠田社長: そしたら専門性がある部署なので、そこで働いてる人たちが60代の人たちが多くて。段林: 据え付け搬入みたいな。篠田社長: 大型ピアノとかコピー機とか、ああいうのを人力で運ぶような。ユニック使ったりとか。そういう部署に配属されたんです。段林: いわゆる引越しの高度バージョン。篠田社長: ああ、そうですそうです。段林: 全然話が脱線するんですけど、マンションの9階とかにピアノってどうやって運び入れるんですか?篠田社長: 物が通れば階段ですよ。それかエレベーターが大きければエレベーターで。段林: 2人で運んでいく。篠田社長: そうそう。それしかない。段林: それを養生して、普通のダンボールとかより傷つけられないから、そういう専門部隊でやるんですね。篠田社長: そうです。現場での大喧嘩。「やってらんない」から始まった独立への誘い篠田社長: そういうところに最初配属されました。現場で年上の人たちとやっていたんですけど、生意気だったのもあって合わないんですよ。現場でやっぱり大喧嘩して。それでその部署を「もうやってらんないよ」と抜けて……という感じですね。段林: それで、じゃあ「タイミングもあるし独立するか」と。篠田社長: そうですね。僕の方が先に、その合併した会社を辞めました。でも18から何年か働いた会社だったので「次何やろうかな」なんて思ってた矢先に、先代の社長も、もう辞めたいみたいな感じだったので。段林: はい。篠田社長: 「じゃあ僕はノウハウがないけど、管理職だったから多少のノウハウがあるからやってくださいよ」みたいな感じで。「ついていきますから」、「じゃあやるか」みたいなそんな流れです。段林: なるほど。篠田社長: で、仲間内の会社からエアコンも効かないトラックをゴミ付きで2万円ぐらいで買い上げて、その1台のスタートですね。段林: ああ、そうなんですね。本当に1台からのスタート。篠田社長: そうですそうです。段林: 僕は先代の社長、今の会長にまだお会いしたことがないので、関係性がどんな感じかというのが想像ができないんですけど。一般的に配車マンとドライバーさんって関係性があって、年齢も6歳ぐらい違う中、最終的には先に辞めた篠田社長が「ちょっと引っ張ってよ」みたいな感じなのか、どんな関係性だったんですか。篠田社長: 全然そんなんじゃないですよ(笑)。段林: (笑)。篠田社長: 元々運送会社に入ったのも、どんな仕事でもよかったんですけど、ゆくゆくは経営などに携わっていきたいなと思っていました。その時は自分で経営する知識はなかったので、知識やコネクションがあったのが先代の社長でした。「やってくださいよ」……いや違うな、「じゃあやりましょうよ」みたいな感じでした。段林: なるほど。「僕ついていくんで、やりましょうよ」と。篠田社長: そうですそうです。そんな感じで、「辞めてやってくださいよ」って。段林: なるほど。で、2、3台でスタートした。篠田社長: そうです。埼玉県トップクラスの進学校から、あえて「就職」を選んだ理由段林: なるほど。ちょっと深掘りして戻るんですが、いずれは経営をしたいとおっしゃっていましたけど、どんな感覚だったんでしょうか。それは18歳で就職するタイミングからそんなふうに思っていらっしゃったんですか。篠田社長: 僕が行っていた高校が、埼玉だとそこそこ頭のいい高校で、高校の友達はみんなやっぱり大学に行って。段林: そうなんですか。こんなことを言ったらあれですけど、結構ワル出身だと思っていました。篠田社長: 悪いこともしながら(笑)、その高校に入りました。今は多分、埼玉で3本の指に入るんじゃないですかね。段林: じゃあ本当に……僕の当時の同級生も、何人かいくらでもいるようなレベルですね。篠田社長: そうです、東大にも何人か行くみたいな感じだったので。なので、その頃からやっぱり、人の言うこと聞くのが嫌だったっていうのが一番簡単なんですかね。段林: はい。篠田社長: 自分で考えてやるのは納得いくんだけど、自分の意見もなく人の言うことを聞いて歯車になって働くのは嫌だなというのが、どっかの片隅にありました。プラスアルファ、お友達が大学に行っている間に仕事して、10年後、20年後には、社会に出たら地位だったりお金をどれぐらい稼げるかというのも指標になるので、それで「負けないよ」と思っていました。段林: ほう。篠田社長: それにはやっぱり、人の言うことを聞いてやって責任もリスクもないんじゃ、なかなか上にあがるということはないと思っていたので。段林: それしかないと。だって高校のほとんどが大学進学なわけですよね。篠田社長: そうですそうです。段林: ですよね。みんな4年制の大学に当たり前のように行きますよね。篠田社長: だいたいそうですね。僕など何人かはイレギュラー中のイレギュラーですけど。 みんな浪人して大学に入って。段林: そうですね。仮に落ちたとしても浪人して行きますよね。篠田社長: そうそう。段林: 僕も大阪の進学校から東大に行って……僕は浪人したんですけど。要は、本当に高校からそのまま就職した人は、学年でいないですよね。篠田社長: そんな感じだと思いますよね、多分。段林: ちなみに何で大学受験をしなかったんですか。篠田社長: もう高校に行ってる時からそういう気持ちだったので。どこかに行こうと思えば行けたのかもしれないですけど、行くつもりもなかったんです。段林: マジっすか。篠田社長: はい。段林: じゃあ、なんでそんな高校に受かっちゃったんですか(笑)。篠田社長: なんで……僕にもそれはわかりません。段林: めちゃめちゃ気になりますね。それで大学に行かず、そのままストレートに就職。でもみんなが当たり前のように大学に行くというのも、違和感と言えば違和感ですよね。篠田社長: そうですね。段林: あの環境ってすごく不思議な環境じゃないですか。そんな中で、じゃあ自分の道で、と。篠田社長: 大学に行く目的が分からなかったからね。だからあんまり、と。段林: すごいです。めちゃめちゃ大物ですね。篠田社長: いやいやいや。段林: すごいな。そんな感じなんですね。空白の半年間。クラブ遊びの果てに掴んだ「原点」段林: で、高校を卒業して。でも高校の時に就職が決まっていたわけでもなくて。篠田社長: そう。段林: じゃあ卒業してから……さっきの「フロム・エーを読みました」という話は、3月10日とかにみんなが「合格しました」と学校に行って、卒業式をします。で、自分は何も決まっていなくて、予備校に行く人は予備校に行くみたいな中で、4月1日になって「何しようかな」というので決めたみたいな感じですか?篠田社長: そうです。でも、夏前ぐらいまでは遊んでいましたよ(笑)。夏前ぐらいまで、半年ぐらいは浪人生の友達と一緒に遊んだ気がします。段林: そうか。篠田社長: そうそう。何も無いんでね。そんな感じで遊んで、本当によく都内へクラブ遊びに行っていました。段林: 当時一番全盛期だったんじゃないですか。そんな奇天烈な入口があったわけですね。篠田社長: そうです。段林: 誤解を恐れずに言うと、僕はこのポッドキャストのオファーをさせていただく時に、「なんかこの人面白そうな人だな」という第六感が働く事があるんですけど、それもあって打診させていただきました。篠田社長: ありがとうございます。段林:今本当に生で初めて聞いて、やっぱりそういうアレがあったんですね。すごく引っかかるものがあった。そんなところで創業してスタートした、創業までの第一歩目というところで、非常に特異なご経歴と特異なスタートからのところはお伺いできました。篠田社長: はい。段林:みんなが大学に行く中、自分は進学をしないというパンクな選択をした篠田少年が、23歳にして会社を一緒に立ち上げて、というのがそれからの歩みというところで。約20年かけて100台規模の会社になっていくというその過程も、次の回から深掘りできればと思います。よろしくお願いします。今日はこんなところで、ありがとうございました。篠田社長: はい、ありがとうございます。▼前回のエピソードはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/0mF5b4bq▼六興ラジオ【社会インフラの横丁から】シリーズはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/category/rokko-radio▼六興実業公式LINEはコチラ👇https://lin.ee/CBj09Eq