始まりました。社会インフラの横丁から。この番組は、社会の当たり前を支えてくれている人たちの声を、人情味あふれる六興村の隅っこにあるこの横丁からお届けするラジオです。本日も温かいお話や苦労したお話、心に染み渡るお話、そしてこれからの未来につながるお話をお届けしてまいります。 今回は、前回に引き続き高橋電設運送株式会社の髙橋佑介社長をゲストにお迎えします。 前回、異業種から家業である運送会社に入社し、初めて会社の数字を見た際に「これではいけない」とアクセルを踏み込む決意をした髙橋社長。今回はそこからどのように事業を拡大し、そして訪れた「事業承継」のリアルな舞台裏について深掘りしていきます。資金繰りの苦悩、父への想い、そして覚悟。経営者の孤独と決断に迫る対談をお届けします。%3Ciframe%20data-testid%3D%22embed-iframe%22%20style%3D%22border-radius%3A12px%22%20src%3D%22https%3A%2F%2Fopen.spotify.com%2Fembed%2Fepisode%2F66uVUWFfhxPT58jB2yL20C%3Futm_source%3Dgenerator%22%20width%3D%22100%25%22%20height%3D%22352%22%20frameBorder%3D%220%22%20allowfullscreen%3D%22%22%20allow%3D%22autoplay%3B%20clipboard-write%3B%20encrypted-media%3B%20fullscreen%3B%20picture-in-picture%22%20loading%3D%22lazy%22%3E%3C%2Fiframe%3E飛び込み営業で切り拓いた新規事業段林: 前回の続きですね。入社をして、いろいろ数字を見るにつれて、「そろそろ拡大しないといけないんじゃないか」と、火がついてアクセルを踏んでいく直前の夜明け前というところまで伺ってきました。前回印象に残った言葉で、「真綿で首を絞められている感じ」とおっしゃいましたが、今から約7、8年前、西暦で言うと2018〜19年。コロナの前ぐらいのタイミングですね。当時はどんなしんどさだったんですか。髙橋社長: その時の規模感でずっとやっていっても、結局幸せにはなれないだろうな、という感覚ですね。段林: 実際、車が十数台あって、入れ替えていって、その中で一台利益残っていく分があって、消えていって……社員の方のお給料を上げる余地もなければ、今後社長もお子さんが高校生、大学生になっていくにあたって、いろいろ家庭的にも入り用になっていく分を賄う分もあるし……髙橋社長: そうですね。会社としてどこかでショートしちゃうだろうなという感じでした。段林: なるほど。そこで材木の仕事がきっかけになったんですか? たまたま材木の仕事が入ってきたんですか?髙橋社長: それまで、新しく仕事を取ってやっていくという動きが全くない会社だったんです。段林: 高橋電設運送なので、当時は電柱の配送ですよね?髙橋社長:そうですね、電柱の配送と足場の配送でした。その二つの荷主さんでずっとやってきてたので、新しい仕事を取って広げていくというノウハウも全く会社になかったんです。ただ、いざやっていかないといけないなとなった時に、材木の配送は比較的参入しやすい業界の荷主さんでした。当時は、きつい、時間も長い、にしては単価もあんまり高くないみたいなところで、営業しやすく「行ったら入れてくれる」みたいな感覚でしたね。まずは、何しろ台数増やしていかないといけないから、そこからやっていこうかなという感じでした。段林: なるほど。じゃあ、いわゆるプレカットですね。髙橋社長: そうですね。ユニック車で。段林: そこから増やしていかれたのは、飛び込み営業をされたんですか?髙橋社長: そうです。飛び込み営業をしていました。運送業はあんまり飛び込みで営業することがなくて。当時30代前半だったので、荷主さんからは可愛がってもらえるというか、「若いのに頑張ってるな」、「じゃあちょっと話聞こうか」みたいな感じで、意外と入り込めたというか。それを繰り返していって、荷主さんと車を増やしていく、という感じでやっていましたね。段林: なるほど。確かにそれはありますよね。僕自身も運送業に関わるようになって思いましたけど、「若さ」は珍しがられるというか、アドバンテージだなって(笑)。髙橋社長: そうですね。若さは武器だと思います。段林: 感じますよね。なるほど。【★コラム】現場の守護神「ユニック車」とは? 「ユニック車」とは、運転席と荷台の間に小型のクレーンを搭載したトラックのこと(※「ユニック」は古河ユニック株式会社の登録商標)。 フォークリフトがない戸建て住宅の建築現場などでは、トラック自体のクレーンで荷物を吊り上げて降ろす必要があります。髙橋社長が拡大させた「材木輸送」において、この車両は必須アイテム。ただし、運転には大型免許等に加え、「小型移動式クレーン」や「玉掛け」といった特殊な資格と操作技術が必要となり、ドライバーの腕が試されるプロフェッショナルな車両なのです。組織化への壁と、久保所長との出会い段林: じゃあそのようにプレカットがはまって、材木の仕事が増えていったと。それで車の台数はトントンと増えたんですか?髙橋社長: そうですね。比較的台数が増えていって、ある程度まで行くと、一人じゃ見きれないところが出てきたんです。段林: はい。髙橋社長: それまでは「社長」と「運転手」だけの組織でした。私もいましたが、組織としては社長、運転手だけ。この組織を変えていかないといけないなと思いました。会社を拡大していくにあたって、管理者を置かないといけないとなった時に、今の本社の営業所の所長をやってる久保っていうのがいるんですけど。段林:はい。髙橋社長: お肉の配送の仕事が始まるタイミングで、久保が運転手として入社してきました。その時はまだ運転手で、お肉の配送の仕事をやってもらっていたんです。私としては組織作りしていかないといけないな、どんな人がいいかなと考えていたタイミングでした。よそからというよりも、今いる中で向いてるて、やってくれそうな人と思った時に、「あ、久保さんいいじゃん」と思いました。段林: なるほど。何が光るものだったんですか?髙橋社長: その時の運転手の中では、すごく愛想がいいというか、いわゆる運転手という感じではなくて、高橋電設運送の看板背負って表に出ていくことができそうだな、という印象を受けていました。それで、一緒にやっていけたら面白いんじゃないかなと思いました。段林: 年齢は近いんですか?髙橋社長: いや、年齢近くないんですよ。段林: あれですよね、YouTube……髙橋社長: そうそうそう(笑)。多分一回り以上上じゃないですかね。段林: そうですよね。髙橋社長: そうなんですよ。それで、うちに入社してきたのがちょうどくたびれていた時期だったらしくて。なので、お給料もそんな良くない中で、お肉の配送の運転手をやってくれていたんです。本人は当時、もうゆっくり生活していきたいなという感じで、ポテンシャルはあったんですが、「一運転手でいい」という感覚で入社してきたらしいんです。ただ私がそういう話を持ち掛けたら、「私でいいんですか?」と。段林: 火がついちゃったわけですね。髙橋社長: 「じゃあやってみます」と、そんな流れでしたね。段林: その時はもう車は2、30台ぐらいになっていたんですか?髙橋社長: そうですね。20台は超えていた気がします。そのぐらいの規模で、一人じゃ無理だなと感じ始めたので。段林: なるほど。髙橋社長: 要は、今までみたいに一人一人と密なコミュニケーションが取れないと思ったんです。運送業ってやっぱり、一人一人の運転手の表情、顔色を見て「今日どうだった?」みたいな話をするというのがすごく大事だと思っていた中で、いよいよそれができなくなってきた規模感だったんです。それが組織作りのきっかけになりました。段林: なるほど。やっぱり一人一人とのコミュニケーションって本当に大事ですよね。髙橋社長: めちゃくちゃ大事だと思います。段林: これは僕の素人知識というか、そういう話をするのは本当に僭越で恥ずかしいんですけど……我々も今ちょうどグループとして運送会社をやっているんですけど、結局利益や数字じゃなくて、コミュニケーションだなと思います。数字もちゃんと見るというのは大事ではありますが、本質的に大事なのは、そのドライバーさんが今どういう気持ちで仕事していて、どんなコンディションかということをちゃんと認識しないと、安全に仕事をすることなどのいろんな部分において、歪みが出てくるんだなというのは、今すごく感じています。髙橋社長: そこはすごく大事だなと思いますね。段林: そこをちゃんとやらないと、というのは感じます。今すごいいい言葉を持って帰らせていただきました。髙橋社長: だから基本的には、今でもみんなが帰ってくるまで会社にいるようにしています。段林: すごいですね、この規模になっても。髙橋社長: 帰ってきた時の表情とか、すごく大事だと思うんですよ。ちょっと暗い顔をして帰ってきたら、現場でなんかあったのかなとか。でもそこが会社としても改善のきっかけになるじゃないですか。そういうのをしっかり自分の目で見られるうちは見るというのは、大事かなと思いますね。段林: なるほど。勉強になります。髙橋社長: とんでもないです。父から子へ。覚悟の事業承継段林: 一つお聞きしたいエピソードがあります。今の久保さんのお話の段階では、まだ高橋現社長は社長ではなかった。髙橋社長: そうですね。段林: ですよね。その当時(今から7年前)だと、まだお父様が社長に就かれていてという状態だったと思います。僕は物流ウィークリーの記事を拝見して、その引用をすると、パーソナリティとして腕が低いところがバレてしまいますが(笑)。 記事に書いてあったのが、お父さんに「このままだと会社が良くならないから、俺にやらせてくれ」と直談判されて、早めに引き継いだという一節があったんですが、それはどんな流れだったんですか。髙橋社長: 本当にざっくばらんなところでいくと、私が高校生ぐらいの頃から父親は体調が良くなかったんです。段林: ああ、なるほど。髙橋社長: 体調が良くないのをずっと引きずったまま仕事をしていて、無理がたたっているようなところもありました。あとはやっぱり、元々教師だったので、経営の知識がないまま社長をやる流れになっていました。段林: 全く別ですよね。そういう意味で言うと、ワタミで店長をされてて飲食店の経営をされていた社長の方が、数字の見方などいろんな部分でアドバンテージがありますよね。髙橋社長: そうですね。それで、見ていて楽しそうじゃないなという気がしたんです。苦しんでやってる感じがしました。「親孝行」じゃないですけど、その苦しみを取ってあげるというか、自分が引き受ける方が、会社的にも上手くいくだろうなっていうのがありました。段林: トップが楽しそうな顔をしてないのに会社が上手くいくわけないですよね(笑)。髙橋社長: そうそうそう。多分、楽しそうにやっていく方法も分からなかったと思うんですよね。どうしていこうかな、どうしたらいいか分からないな、みたいな苦悩を感じたというか。段林: 実質的には、現場では社長自身が営業として動くこともありましたし、今の髙橋社長が採用してきたメンバーも徐々に増えてきていて、なんとなくですが、そういう雰囲気になってきてはいたんですよね。髙橋社長: そうですね。でもやっぱり社長だからという、ジレンマみたいなのはあったと思います。あとはやっぱり一気に改善しなきゃいけない部分も多くあったので、おそらくものすごいストレスだったと思います。それこそ就業規則を変えたり、給与体系を変えたりしないといけないレベル感だったので。段林: 10人の規模から2〜30人、となると会社のスタンスもだいぶ変わりますよね。髙橋社長: そうです。そういうストレスはあまり良くないから、自分がトップでやろうと思ったんです。段林: なるほど。髙橋社長的には、「こうやって組織を作っていく」「こういうことをしたほうがいい」といった、やるべきことを自分の中でメモに取っていたと言うくらいですからね。なんとなくですが、すでに自分の中に組織のビジョンはあって、だからこそ「シンプルに任せてくれ、全部俺がやりきるよ」という感じだったんですか?髙橋社長: そういうことですね。やっぱり、何かを改善するというのはトップが率先して動かないとダメだと思っていたので、その改善をやるにあたって、そのタイミングで代表を代わらなければと思っていました。 2番手の時に言っても、きっとあまり上手くいかないですよね。段林: 「右向け右」でいくためには、やっぱりそこを旗振りしていくことが大事ですよね。髙橋社長: そうですね。段林: すごい決意ですね。奥様は、社長をやるとなった時は何も言わなかったんですか?髙橋社長: 言わなかったんじゃないかな……「社長を代わろうと思うんだよね」という話はした気はするんですが、もう二十歳ぐらいから一緒にいましたから、「もうこの人はそういう人だ」っていう(笑)。段林: なるほどなるほど、もう理解してくれていると(笑)。髙橋社長: そうですね。資金繰りの苦悩と社長の孤独段林: ちょっと突っ込んだ話なので、答えられる部分、答えられない部分があると思うんですが……代表取締役を引き継ぐという話になると、中小企業だと「株式」の問題だったり、会社で借り入れをしている場合はいろんな保証の問題が出てくると思います。その辺も完全に引き受ける、という形にされたんですか。髙橋社長: そうです。というのが、やっぱり髙橋家が作ってきたものなので、それはプラスであろうがマイナスであろうが、全部引き受けなきゃいけないなとは思っていたんです。その時はマイナスだらけでした(笑)。段林: そうですよね。そういう形で進んできているので、あまり綺麗な状態ではないというか。髙橋社長: そうです。でもそれはもうしょうがないというか、当たり前だと思ってたので、それが嫌だったかと言われると、全くネガティブには捉えてなかったですね。段林: おそらく、億までは行かないけど数千万後半ぐらいの借金と、返済をしないといけない借り入れと、多少債務超過もあるという感じですよね。で、当時売上が2億前後という中で、多少債務超過があって……という感じですよね。髙橋社長: そうそう。でもそれって、改善しながら返していけばいいし、良くしていけばいいし、むしろそういうところから挑戦するほうが面白いだろ、という感覚はありました。段林: すごい腹決まってますね。髙橋社長: でも一方では、他の会社の2代目、3代目を見ていると、羨ましく思う部分はありました。段林: どういう部分で?髙橋社長: その会社を詳しく知らないので、数字の実態は知らないですけど、「なんかいい暮らししてそうだな」みたいな(笑)。段林: まあそうですよね(笑)。髙橋社長: そうそう。皆さんそれぞれ苦労はされてると思うので、一概に何とも言えないけど。逆に言うと、私も多分そう見られていたと思うんです。段林: 雰囲気だけで見ると、社長という肩書きや創業家という肩書きでそう見えますよね。髙橋社長: そうですね。だからこれまで数字の部分で言うと、苦労しかなかったです。ただ、「苦労」と言うとネガティブに捉えがちですが、楽しくやってきました。日々改善していくのが目の当たりにできるので。段林: そうですね。だから今があると。すごいな。僕は感じることがあって……僕は今までいわゆる社長の肩書きを何度か持ったことがあるんです。それこそ前職の子会社の社長をやっていた時も代表取締役の名刺は持っていたんですけど、事実上はサラリーマンなわけです。この会社(六興実業)は、最初は身銭を切って自分で立ち上げて、いろんな生活を捨ててやってきました。今は結果的に出資もいただいていて別の株主さんがいらっしゃる形なので、僕だけの会社ではなくなっているんです。そういう意味で、同じ「代表取締役社長」という名刺を持つ感覚値も、当時と今とでは、やっぱり全然違うなと感じています。これは、実際にそれを身にしみて背負ったからこそ、自分の中でも実感できた、という感覚があります。だからこの「決断」は本当にすごいなと思うんです。後継ぎの方々は、最終的にはどこかで、これまでの借り入れや株式を含めたものを、何らかの形で一気に引き継いで、自分にバトンが回ってくる。その決断をするって、やっぱりすごいなと思います。髙橋社長: でももう「やるぞ」というふうに決めていたので、そんなに大変なことを請け負っちゃったなみたいな感覚は全くなかったんです。ただ、お金のストレスはすごかったですけどね。段林: そうですよね。髙橋社長: 月末給料日に、例えば100万足りないとなったら、その人間の人間性とか性格とか善い行いをしてきたかどうかなんて全く何も関係なく、100万足りないものは足りないんですよ。段林: ヤバイってなりますよね(笑)。髙橋社長: そうそうそう。だから本当に、この数年間お金のストレスは半端なかったですね。段林: いやあ……ちょっとそこの辺も聞きながら、時間が来てしまったので。自信半分で引き継いだものの、リアルな実態として現れる、実(じつ)の「足りない」という部分だったり、そういう苦労はいろいろあったと思います。それは次回、最終回ということで、お伺いして行こうと思いますので、よろしくお願いいたします。髙橋社長: はい、ありがとうございます。▼前回のエピソードはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/vRrxIaHv▼六興ラジオ【社会インフラの横丁から】シリーズはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/category/rokko-radio