始まりました。社会インフラの横丁から。この番組は、社会の当たり前を支えてくれている人たちの声を、人情味あふれる六興村の隅っこにあるこの横丁からお届けするラジオです。本日も温かいお話や苦労したお話、心に染み渡るお話、そしてこれからの未来につながるお話をお届けしてまいります。今回のゲストは、前回に引き続き、三重県亀山市の株式会社カワキタエクスプレス・川北辰実社長です。 どん底の経営状態から、いかにして会社を立て直したのか。既存の枠組みに入れなければ「自分で作る」という行動力で協同組合を設立し、わずか5年で2億5000万円の新社屋を建設するまでに至ったV字回復の裏側。そして、その過程で痛感した「社長のやる気」の重要性について、赤裸々に語っていただきました。%3Ciframe%20data-testid%3D%22embed-iframe%22%20style%3D%22border-radius%3A12px%22%20src%3D%22https%3A%2F%2Fopen.spotify.com%2Fembed%2Fepisode%2F5Imf9h3hSCyeJtGlS89Qk1%3Futm_source%3Dgenerator%22%20width%3D%22100%25%22%20height%3D%22352%22%20frameBorder%3D%220%22%20allowfullscreen%3D%22%22%20allow%3D%22autoplay%3B%20clipboard-write%3B%20encrypted-media%3B%20fullscreen%3B%20picture-in-picture%22%20loading%3D%22lazy%22%3E%3C%2Fiframe%3E%0A「入れないなら、作ればいい」協同組合設立の裏側段林: では今回もよろしくお願いいたします。川北社長: はい、お願いします。段林: 前回のお話の最後触れましたが、聞き間違いかと思ってスルーしてしまったことがあります。「協同組合を作った」とおっしゃいましたよね? 僕はてっきり、ウェブキット(求車求貨システム)を使うために、どこか既存の協同組合に入られたのかなと思って話を聞き流してしまいました。 当時、まだ創業して間もない頃ですよね。年商ベースでもまだ1億円ないという中で、「協同組合を作った」というのはどういうことだったのでしょうか?川北社長: 今は「ウェブキット」という名前ですが、当時は「ネットワークキット」という名称でした。三重県のトラック協会で「こういうシステムがありますよ」という説明会があったんです。当時、海外引越などで横浜へ行ったりしていたので、帰り荷が欲しかったときに、「こんなに便利な仕組みがあるならぜひやりたい」と思って聞きに行きました。そうしたら、「協同組合に入っている運送会社なら誰でも利用できます」と言われたんです。段林: なるほど。川北社長: ただ、三重県には2つの組合しかありませんでした。1つは伊賀地域にある地域の運送会社のための組合で、「地域が違うから無理です」と言われました。もう1つは老舗の組合があったんですが、そこに聞きに行ったら「入るには出資金が200万円要ります」さらに、「今いる会員さんの保証人が2社必要です」と言われました。段林: うわあ、それはハードルが高いですね。川北社長: そうなんですよ。「入れないハードル」というか、新参者で200万円なんて持っているわけもないし、そもそも誰も知り合いがいないので保証人も頼めません。「困ったな」と思ってトラック協会に相談したら、「4社集めれば協同組合を作れますよ」と教えてもらったんです。段林: うん。川北社長: キットをやりましょうという話でしたが、トラック協会も「組合を作りませんか」に近い誘導の仕方でした。最終的にその組合を作ろうと思う人たちが、7人ぐらいでした。段林: へえ。川北社長: 最初のセミナーは70何人いましたが、それぐらいの人数に絞られました。 じゃあ誰か、となったときに「じゃあ僕やります」と言って声をかけて、そこに居た僕以外の3社と、あと知り合いの会社にもう1社声かけて、5社で組合を立ち上げようということになりました。段林: はい。川北社長: いろいろ中央会に聞いたりして、最終的にはトラック協会から「こんな組合立ち上がるんで設立総会みたいなの聞きませんか」ということで13社で立ち上げました。 それが今も僕が理事長をやっている「ロジネット協同組合」という、ウェブキット主体の協同組合です。今は高速や燃料もやっていますが、当時はそのキットをやるために立ち上げたんです。【★コラム】運送会社の命綱「求車求貨システム(WebKIT)」とは?本編で川北社長が「これを使うために組合を作った」と語るシステム。一般の方には馴染みのないこの仕組みですが、実は物流業界の「空気を運ぶ無駄」をなくす画期的なインフラです。トラック運送業界には「帰り荷(かえりに)」という言葉があります。例えば、三重県から東京へ荷物を運んだトラックが、帰りに荷台を空っぽのまま走らせるのは、燃料も時間も大きな無駄になります。これを解消するのが、川北社長が言及していた「WebKIT(ウェブキット・旧ネットワークKIT)」などの「求車求貨(きゅうしゃきゅうか)システム」です。 これは、日本貨物運送協同組合連合会(日貨協連)が運営する会員制のネットワークで、「荷物を運んでほしい会社」と「空きトラックがある会社」をインターネット上でマッチングさせる仕組みです。 当時、まだコネクションが少なかった地方の運送会社にとって、このネットワークに接続できるかどうかは、会社の収益構造を左右する死活問題でした。川北社長が「協同組合を作ってでも加入したかった」理由は、まさにこの「全国規模の仕事のネットワーク」への切符を手に入れるためだったのです。旗振り役になることが、自分を救った川北社長: 組合に入ったので、全国で会議などいろいろあるわけです。「どこでもいい」と言って、そういうとこへ僕たちも行ったんです。段林: うん、うん。川北社長: でも当時はまだ運送会社が来るというより、組合の事務局が来てるような会議が多くて。そこの理事長も僕の親父よりももっと年上ぐらいの人たちでした。その人たちが立ち上げた組合みたいな。段林: はいはいはい。川北社長: 息子よりも若い僕たちが、協同組合を立ち上げて、「なんか元気のいいのが何人か来たな」ということで、ちょっと注目されました。いろんな会議に呼ばれたり、委員をやらせてもらったりというのが、本当に今につながっています。段林: へえー。川北社長: 前回ちょっとうつ病の話をしたけど、その時まさにその状態でした。組合を立ち上げて、僕は旗振りしたわけです。 旗振りをしているやつが、そんな感じではだめだと思って。だからその協同組合を立ち上げたことが、このカワキタエクスプレスも守ったみたいなとこがあります。一部の人しかそんな状態だったことは知りませんでしたが、それで精神状態を保てていたというのも大きいです。段林: なるほど。川北社長: で、いろんな運送会社の経営者と、全国的に知り合えました。その時に、やっぱり運送会社としてのあり方を……今うちがやってるような考えでやってる会社なんてほとんどありませんでした。「所詮これぐらいでもあんな規模ができるんなら、俺はもっといけるかな」みたいに思いました。段林: なるほど(笑)。川北社長: だからそこから本当に運送業として、大きくもしたいけど、「中身のある大きい会社」を目指そうかなと思ったのが、その組合作ったことですね。段林:まさにドライバーさんが憧れられる仕事にしていこうということですね。その頃からずっと思っていて、よりそれを具現化していっているんですね。川北社長: そうそう。どん底からの5年。新社屋建設への道段林: 1つの山として、組合を作る前後の話でしたね。僕も今日、初めて本社に来させていただいて、事務所の隣に自社の倉庫も持っていらっしゃって、しっかりと会社としてもステップアップしていっていると思いますが、もうひと山ふた山ぐらい何かあったんじゃないかなと思いますが……。川北社長: ありましたよ。もっとあるかもしれません(笑)。でもその、組合を立ち上げてやりだしたときがちょうどうつ病っぽい感じの時でした。で、その5年後にここを建てました。段林: ああ、そうなんですね。川北社長: 建てたというか、5年後に土地を買って建てたわけです。だから、うつ病の時から3年後ぐらいにはここの土地が見つかりました。まだ山でしたが。段林: うーん。川北社長: 「造成するからここどう?」という話があって、やり始めました。で、5年後には建ちました。その経験を経て、年商1億もない、借金3000万あって赤字決算のどん底だった会社が、5年経ったらそこまでいきました。その時に、やっぱり「社長のやる気次第なんやな」とすごく思いました。社長のやる気がなかったから、どん底まで行ったのもあります。段林: うん。川北社長: 3、4年で、やる気さえあれば、こういうものを手に入れられる。そういう経験を両方して、僕さえしっかりしていれば、会社はどうにでもなるなと。どんな会社も100億だろうが1000億だろうが1億だろうが、「社長のやる気次第でどうにでもなるな」とすごく強く思った。段林: ですねえ。川北社長: でも落ち込んでからそこに行くまでには心理学も勉強しました。その勉強をした時に、自分に起こった心の現象などいろんなことが、心理学的にも証明できるというか、「こうなったらこうなりますよ」「あ、そうなんや、それでこうなるんや」と。段林: なるほど。川北社長: 余計腑に落ちたという感じでした。だから当時は、最初のうちは、「またやる気なくさへんかな」と、そういう心配ばかりしていました。勉強し始めてすぐもやっぱり自信がなかったけど、だんだん勉強をしていくうちに、心理学上でも「すごいバランス取れてますね」と言われるようになって、だんだん自信もついてきました。そんなこともありながら、現実では、年商1億行っていなかったのが1億超え、2億超え、2億の後半になり、3億超え、みたいな。段林: おお。川北社長: で、ここを建ててすぐに4億行きました。 だから5年間ぐらい、それぐらいずっと右肩上がりで来ました。年商2億の会社が、2億5000万円を借りられた理由段林: とはいえ数年前まで売上1億行ってなくて、赤字で借入れも多少まだ残ってい会社で、ここを新規で建てるとなったら、土地も上物も含めると、億単位ですよね……?川北社長: 2億5000万。段林: うおー、融資すごいですね!川北社長: その計画を持っていった当時の年商が、2億ちょっとぐらいでした。段林: ですよね、身の丈以上も以上ですね。川北社長: だいたい3か年計画ぐらい立てますよね、「そこを建てたらどうなります」と。それが、ここを建てるまでは「売上がこれぐらい上がって利益これぐらい出ますよ」みたいなのがその計画通りいったので、「じゃあ融資しましょう」となって借りられました。段林: じゃあ逆に言うと、そういう計画も細かくコミュニケーションはされていらっしゃったんですか?川北社長: そうですね。銀行って不思議で、今でもそうですが、支店長や担当者に気の合いそうな人がいますよね。段林: ありますね、全然違う。川北社長: そういう時は、割と借りれるんです。たまたまそういう支店長で、前向きにやってくれたから借りれたんだと思います。段林: この辺の地銀さんですか?川北社長: そうそう、三重県で一番の地銀のところです。段林: いやあ、そうですよね。僕も経営者なんで一応、借り入れとかもいろいろ動きますが、ついこないだ断られたのに、担当者が変わったら……みたいなことは、つい最近僕も経験しました。川北社長: 結局人との繋がりですよね。段林: ですよね。結局、その会社さんがどういうふうに僕たちを信じてくれるかの話じゃないですか。川北社長: そう、そう。段林: この経営者の言う事業のことや、この経営者が考えてることを信じてくれるかは、見る角度によって変わっちゃうんですよね。その人が悪いのではなくて、僕らをどう見てくれるか、たまたま角度が合うかみたいなもので、すごく相性があるんだなというのは、すごく思いましたね。いやあ、でもすごいですね、2億の売上で2.5億……。川北社長: でもそこからが大変ですよね。段林: ああ、そうですよね。「高校生を採用したい」から始まった給与革命川北社長: せっかくこういう場所を作ったので、「じゃあ高校の新卒も採用しようか」ということになりました。で、高校新卒採用するには、当時は歩合給でしたが、歩合給って高校生は分かりませんよね。段林: うんうん。川北社長: 高校に求人が張り出されるのは、大手だろうが中小だろうが同じフォーマットのところに条件だけ書いてあるんです。段林: そうですよね。川北社長: だからそこの条件に合うような仕組みに、うちもしなきゃいけないと思い、「月給制にしよう」となりました。でも月給制にするには評価も要るだろう、ということで、高校新卒の求人を始めると同時に、月給制にしました。そこからが、またいろいろとあったんです。段林: いろいろお伺いしたいんですけど、1つまず聞いておきたいのが、その今倉庫を建てたのが2000何年ぐらいですか?川北社長: 2007年。段林: 2007年。じゃあそれからいわゆる世の中的にはリーマンショックだなんだという話が、待ち受けてるわけですね。川北社長: そう、そう、そう。段林: 今でこそ運送会社で月給制とかって多少出てきていますが……僕は正直言って運送業の外様で、この業界に片足突っ込んでまだまだ数年なんでが、運送会社でびっくりしたのが、残業代も含めての歩合でやるという、運送方式のお給料体系があるじゃないですか。川北社長: はいはい。段林: 僕は前職は人事コンサルタントだったので、いろんな会社さんの人事制度や給与設計をお手伝いしてきたので、プロフェッショナルで見た時に、「なんだこの奇妙な制度は」と。川北社長: でしょ。段林: 求人に表現できないんですよね、あれって。川北社長: うん。段林: というのもあって、すごく不思議だなというのを、あの外様なりにすごく感じています。 僕が運送業に入って1番びっくりしたことは、「土曜日にも働くんだ」ということでした。本当に当たり前なんですが、僕はゆとり世代ど真ん中なので、土曜日に学校がないのが当たり前でずっと来ました。だから、「土曜日も働くって……確かに世の中はそうやって動くよな」というシンプルな驚きと、やっぱり給料の部分の考え方ですね。「月給にすればいいのに」と、今でも実は思っている立場なんですが、当時はそれってかなり珍しいんじゃないですか?川北社長: かなり珍しいですよ。段林: まだ日給月給とかが割とあって……。川北社長: そうそう。段林: まだそれぐらい。で、歩合ですもんね。川北社長: うん。段林: すごく先進的ですね。「3年前に月給制にしました」だったら分かりますが。すごくいいですね。川北社長: 相当ですよ。そうするといろんなことが起こるわけですよ。段林: でもだって、周囲の運送会社に話してもあんまり理解されないですよね、当時は。「どういうこと?」みたいな。川北社長: 理解されないし、働くドライバーが理解しないんですよね。段林: だから「走ってなんぼじゃないよ」みたいな。川北社長: そうそう、よそは違うから。段林: うん。川北社長: そうすると何かが起こるかというのが……まあ次回ね。段林: そうですね。いろいろ気になりますが、次回ということで。あまりに先進的な取り組みをしたが故に何が起こり、時代背景的にもリーマンショックも起きて……という暗い先が見えますが。第3回にしてまだ2007年ということで。川北社長: え、今2025年?段林: あと18年あります。川北社長: 終わるかな(笑)。段林: お付き合いいただければと思います。本日はここまでということで、ありがとうございました。川北社長: はい、ありがとうございました。▼前回のエピソードはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/cx3FEu5s▼六興ラジオ【社会インフラの横丁から】シリーズはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/category/rokko-radio▼六興実業公式LINEはコチラ👇https://lin.ee/CBj09Eq