始まりました。社会インフラの横丁から。この番組は、社会の当たり前を支えてくれている人たちの声を、臨場感あふれる六興村の隅っこにあるこの横丁からお届けするラジオです。 本日も温かいお話や苦労したお話、心に染み渡るお話、そしてこれからの未来につながるお話をお届けしてまいります。記念すべき第1回目のゲストは、有限会社MIYABIの辻雅弘社長。栃木県壬生町で運送業を営み、今年で20期目を迎える辻社長。実は、創業当初は「運送業をやるつもりは全くなかった」と語ります。金融業界での経験、理不尽な組織への反発、そして創業のきっかけとなった不思議な“お告げ” とは?事業計画ゼロ、まずトラックを買うことから始まった という、辻社長のユニークな創業秘話に迫ります。%3Ciframe%20data-testid%3D%22embed-iframe%22%20style%3D%22border-radius%3A12px%22%20src%3D%22https%3A%2F%2Fopen.spotify.com%2Fembed%2Fepisode%2F4Z3VH6tbspDIb2nvu2G8w9%3Futm_source%3Dgenerator%22%20width%3D%22100%25%22%20height%3D%22152%22%20frameBorder%3D%220%22%20allowfullscreen%3D%22%22%20allow%3D%22autoplay%3B%20clipboard-write%3B%20encrypted-media%3B%20fullscreen%3B%20picture-in-picture%22%20loading%3D%22lazy%22%3E%3C%2Fiframe%3E理不尽な組織への反発が「創業の思い」段林: 六興実業の段林と申します。今回は有限会社MIYABIの辻社長にお越しいただいております。辻社長: お呼びいただきありがとうございます。私は栃木県の壬生町という小さな町で運送業を営んでおります、MIYABIの辻と申します。創業して、もう今年で20期を迎えることになりました。段林: ありがとうございます。今回のテーマは「創業の思い」ということで、まずは辻社長の自己紹介もいただきながら、創業の思いについてお伺いできればと思います。辻社長: ありがとうございます。私は今、54歳になったばかりで、だんだんといろんなところが衰えてきてる体ですけども。段林: (笑)辻社長: 創業の思いということですが、私はサラリーマンをその前はやってまして。勤めていた時に、なんというか、理不尽なことが多すぎるなという思いがすごく強くて。段林: ほう。辻社長: 正しいことをやったり言ったり、そういう行動を取ろうとすると、時としてそれが受け入れられなかったり、間違ってるわけじゃないのになんか間違ってるように扱われたり。そういう思いが、働いていく中で多かったんですね。★コラム MIYABIの拠点、栃木県「壬生町」はどんな町?有限会社MIYABIが拠点を置く栃木県壬生町 は、県の南部に位置し、首都圏に近いという地理的優位性を持つ町です。江戸時代、壬生藩主の鳥居忠英(ただてる)公が伝えたとされる「かんぴょう」の栽培が始まり、現在も栃木県は全国一の生産量を誇ります。また、「とちおとめ」「とちあいか」などのイチゴ栽培も盛んな農業地帯です。一方で、全国的にも珍しい「おもちゃのまち」という地名が存在します。これは、かつて玩具工場の誘致が盛んに行われた歴史に由来しており、製造業の拠点でもありました。 首都圏へのアクセスの良さと、製造・農業の基盤は、MIYABIが手掛ける運送業にとって重要なビジネス環境と言えます。金融業界で感じた「人の人生」と違和感段林: ちなみに辻社長、その前のお仕事っていうのは、運送に関係する?辻社長: いえいえ、まったく運送には関係してなくて。学校を高校卒業して、工場に勤務して。私、遊び盛りだったもんですから、すぐに会社を辞めてしまって。で、また勤めたんですが、その勤めている間に、後々、金融というか……今あまりなくなってしまいましたけども、俗にいうサラ金ですよね。そういうところに勤めて、お金というものに携わるような仕事をしてたんですよ。段林: なるほど。辻社長: お金を扱うのに、なんか人の金扱ってるのは非常に嫌だなっていうのと、お金を扱うと、人の、大げさかもしれないですけど「人生の中」を垣間見るようなケースが多々あったんです。あんまりそれが心地よくなかったりもして。悪いことしてるわけじゃないんですけど。段林: ええ。辻社長: そういう中で、なんでこうなっちゃうんだろうな、なんでこれ間違ってないと思ってるのに間違いというように思われたり……。私自身もそうですけど、私の周りもそうでしたし。段林: うーん。辻社長: 上司の意見や感覚というのが、絶対とまでは言わないですけど、それに近いような職場だったりもしたんですよね。で、自分が仕事をしていくってなった時に、このまま私この我慢……本当はしなきゃいけないんでしょうけども、我慢ができなかったんですよね。段林: なるほど。辻社長: 我慢ができなくて、そういう組織から飛び出ちゃったんです。飛び出た時に、当然仕事していかないとご飯は食べられないですから、どうしようって思った時に、これはもう自分でそういうものを作るしかないなと。自分が理不尽だと思ったことや嫌だなと思うことはしないような世界を作るしかないなっていう、小さな野望を持って。段林: ほう。辻社長: これ、起業するしかないな、と思ったんです。だから、何か目的があったとか、これがやりたくてとか、運送会社をやりたくてとか、そういう思いは、ほぼほぼというか、まったくと言っていいほどなかったんです。きっかけは結婚式での不思議な“お告げ”辻社長: 私のこの「MIYABI」という会社を作って今に至るまでって、不思議なことだらけなんですよ。段林: 不思議なことだらけ。辻社長: はい。私、この話すると妻に笑われるし、「しまった、そんなこと言っちゃって大丈夫?」って顔されるから最近相手にされないんですけど。段林: (笑)辻社長: 私の昔から仲良くしてる後輩がいまして。その人が結婚するのに、結婚式に呼ばれたんです。で、結婚式やってる最中に、私と妻と子供も呼ばれたもんですから、円卓を囲んでたんですよ。結婚式やってる最中に、私の後ろで、「お前、来年だぞ」って。段林: はい。辻社長: 誰も言ってないんですよ。誰も言ってないんですけど、「お前、来年だぞ。来年、年明けたら」……それが12月だったんです、確か。「年明けて、お前来年だぞ」ってこう、言われた気がしたんです。段林: ほう。辻社長: その時、自分も後ろ振り向いたんですけど、誰もいないんですよ。もちろん誰もいないんですけど、「なんだろうな」って。で、その時はその時で終わったんですね。で、年明けて、「あ、なんか自分でこう動かなきゃいけないかな」「何かしたいな、動きたいな」っていう風に思った時に、たまたま私の周りに「辻さんがもし何かをしようと思ってるならば、自分たちはそれに参加しようかな」って言ってくれた人たちが数名いたんです。段林: ほう!辻社長: じゃあ、今ちょっとそういう風に動いてみようかな、やってみようかなっていう風に思ったのが、年明けなんです。事業計画ゼロ。「定款」も後から変更辻社長: で、年明けにそう思って、会社をすぐに作って、3月に会社を登記したんですよ。段林: すごいスピード感ですね。辻社長: うちは3月末が決算なんですけど、3月の頭に登記したので、1回目の決算って本当に1ヶ月もないぐらいで決算を迎えちゃってるんです。段林: じゃあその時はまだ、運送業をやるとかも……。辻社長: まったく決めてないです。定款にはいろんなものを載っけときました。何やるかわからないから。なので、定款っていうのは、後になって運送業になった時に、その順番を、運送を一番上に、後々に持ってきたんです。段林: のちのちに(笑)。辻社長: はい。だから最初から運送をやろうと思って会社を作ったとか、こういう運送会社にしたいとか、そういうのはまったくノーープランです。段林: すごいですね……。辻社長: 本当に不思議ですよ。で、これまたたまたま、知り合ったというか紹介してもらった人が、運送会社の社長だったんです。段林: ほおー!辻社長: で、運送というものがよく分からないから、私はその運送会社の社長に、「朝、その人が出かけるっていう時間ね、私一緒について回っていいですか」ってお願いして。その社長の家に社長を迎えに行って、1日その社長が営業活動だったりいろんなとこ行くのにあたって、私そこの社員じゃないのに、付き人みたいに回らしてもらって。いろんな仕草とか、話してるとかいろんなものを見たり聞いたりして、それを数ヶ月やったですかね。段林: へええ。辻社長: そういうことをやりながらいろんなものを覚えていって、で、そこの社長が「こういう業界もあるから、携わってみないか」って言うんで、きっかけになったのがそこです。★コラム 実は超ハードルが高い? 運送会社(緑ナンバー)の開業「仕事もないのにトラックを買った」という衝撃のエピソード。実は、運送業(緑ナンバー=一般貨物自動車運送事業)を開業するには、非常に厳しい許可要件があります。・5台以上のトラック(地域により異なる場合あり)・営業所と休憩・睡眠施設・原則として市街化調整区域ではない「車庫」・一定の「自己資金」・「運行管理者」など国家資格者の選任これら全てをクリアして初めて国土交通省の許可が下ります。計画ゼロからこの高いハードルを越えた実行力は驚異的です。「仕事も人もいないのに」トラックを買う段林: じゃあ、創業3月にされてから、夏ぐらいにようやく「運送かな」みたいのが決まり。辻社長: そんな、そんな感じです、ほんと。段林: じゃあそっからトラック揃え、免許取れるよう準備し……。辻社長: いや、もうトラック揃えるも何も、仕事もないのに先にトラック買っちゃったんですよ。段林: えっ(笑)辻社長: うちの妻には「お前バカか」と。「仕事も人もいないのに車買ってきてどうすんだ」って言われて。確かにその通りなんですよ。その通りなんですけど、なんとかなるだろうって。段林: すごい。辻社長: 頭ちょっとイカれてるぐらいの気分だったのかもしれないですけども、なんとかなるだろうと。というか、そういう風に自分を多分追い込んじゃないと、多分自分は動いていかないと思ったので。仕事がありますよ、こうですよ、ああですよって準備をしてもらったら、多分うまく行かなかったんですよ。何もないところから、じゃあ運ぶんだってトラックがいる、じゃあ買ってこようって言って買ってきて。「さあ仕事どうしよう」「さあ人どうしよう」って。段林: 逆なんですね、始まりが。辻社長: 逆なんですよ、私の始まりが。段林: ありがとうございます。ちょっと僕も聞いたことがない衝撃の創業エピソードでした。でもあれですね、最初の思いとしては、運送をやるためじゃなくて、ある意味、ご自身の価値観というか、筋の通した世界を作りたいな、というところからスタートされて。まさかの後から運送業が縁でついて回るなんていう、そんなエピソードを聞かせていただきました。第1回はこんな形で、一旦ここで締めさせていただいて、また次回に移らせていただきます。ありがとうございました。辻社長: ありがとうございました。六興ラジオ【社会インフラの横町から】シリーズはこちら👇https://note.com/rokkojitsugyo_65/m/m6a5763e96fd5