始まりました。社会インフラの横丁から。この番組は、社会の当たり前を支えてくれている人たちの声を、人情味あふれる六興村の隅っこにあるこの横丁からお届けするラジオです。本日も温かいお話や苦労したお話、心に染み渡るお話、そしてこれからの未来につながるお話をお届けしてまいります。今回のゲストは、前回に引き続き、愛知県海部郡飛島村の有限会社コトブキ運輸 永田和仁社長です。 ゴミ屋敷のような事務所、苔でヌルヌルになった駐車場。そんな絶望的な状況から、なぜ永田社長は「自分がこの会社を立て直す」と決意できたのか。仲間を集め、不眠不休で走り続けた壮絶な会社再建の裏側と、社員が半分に減りながらも増収を成し遂げたV字回復の軌跡に迫ります。%3Ciframe%20data-testid%3D%22embed-iframe%22%20style%3D%22border-radius%3A12px%22%20src%3D%22https%3A%2F%2Fopen.spotify.com%2Fembed%2Fepisode%2F2iXswYXR3UrnFwLJsxBRVK%3Futm_source%3Dgenerator%22%20width%3D%22100%25%22%20height%3D%22352%22%20frameBorder%3D%220%22%20allowfullscreen%3D%22%22%20allow%3D%22autoplay%3B%20clipboard-write%3B%20encrypted-media%3B%20fullscreen%3B%20picture-in-picture%22%20loading%3D%22lazy%22%3E%3C%2Fiframe%3E%0A段林: それでは今回も、前回に引き続き、コトブキ運輸の永田社長にお越しいただいております。よろしくお願いいたします。永田社長: よろしくお願いいたします。段林: 前回は、ドライバーをスタートされてからのお話や、その中で「自分を試してみたい」と打って出た頃のこと、そして1か月間図書館にこもっていたという衝撃のエピソードなどを伺いました。少し話が変わるんですが、「当時、仏教の勉強もしていた」という話をされましたよね。社長は結構、神社に行かれますよね? それも関係しているんですか?永田社長: 今神社によく行くのは副社長の影響です。副社長は実家が運送会社なので、やはりそういう人たちを見てきたんでしょうね。「経営者だったら、神仏はちゃんとやったほうがいい」というので。その時に読んでいた本とは直接関係ないんですが、今は神社に毎月2回行っていますね。段林: へえ。それも伺っていたので、少し余談でした。ありがとうございます。「ゴミ屋敷」からのスタート:スコップ一本で切り拓いた再建の道段林: ここからようやく「コトブキ運輸」というキーワード、現社名が出てきました。入社当時は番頭さんがいらっしゃったんですよね? なかなか会社の中を見せてくれなかったそうですが、実際に入ってみるとボロボロだったとか。どのような状態だったんですか?永田社長: 3坪ぐらいの小さい仮設ハウスが事務所で、中に書類なのか何なのか分からないものが段積みしてある。机の上に積み上がっていて、どこに何があるか分からない。日焼けして真っ茶色の紙が出てくるなど、ゴミ屋敷みたいな事務所でした。段林: はい。永田社長: その前が砂利の駐車場なんですけど、いらなくなったシートが下に敷いてあって、苔でヌルヌルしてるんですよ。トラックがスリップするんじゃないかと思うぐらいでした。「何で敷いてあるんですか?と聞いたら、「草が生えてこないように敷いてあるんだ」と。あと、現場から持ち帰ってきた木のパレットが山積みになっていて。まずこれを片付けるところからスタートしたほうがいいんじゃないかなと、いちドライバーながらに思いましたね。 ひどすぎて(笑)。段林: 改めて整理すると、当時は元々の社長がいらっしゃって、番頭さんは車に乗っていなかったんですか?永田社長: たまにスポット(単発の仕事)だけやって、それ以外は営業兼中の仕事をやっているという感じでした。段林: じゃあドライバーさんが5人ぐらいいて、車が5、6台動いているという感じですね。永田社長: 大体専属の仕事だったので、よほどのことがないと配車を組む必要もないという会社だったんで。段林: なるほど。場所は今のところですか?永田社長: 今のところです。あそこのプレハブは、元々はもっと小さくて別の場所に置いてありました。今は砂利ですけど、敷いてあったヌルヌルのシートを剥がして、産廃の箱を呼んでそこに放り込んで。今敷いてある砂利は、僕の高校の土木の友達に「どこかで安く砂利を買えるところはないかな」と聞いて、2トン車一杯500円で買ってきました。段林: ええ、すごい。永田社長: でも、うちにダンプはないですから、平ボディのトラックにブルーシートを敷いて、「この上に砂利を置いて」と。ユンボでドバーっとやってもらったのを、スコップ一本で、全部手で引きました。段林: それは、永田さんがドライバーとして普段の仕事に行かれた後に作業されていたんですか?永田社長: そうですね。パレットも処分するのにお金がかかるし、会社にお金がないと言われていたので、今はちょっときびしいですが、そこで燃やしてしまいました。3日3晩、キャンプファイヤーをして。段林: それは木のパレットですよね?永田社長: 木のパレットです。そこら中に釘は落ちているし、パンクしないように拾ったり……というところからです。想像できないかもしれませんが、事務所の前にトラックが5台ぐらいぎゅうぎゅうに停まっていました。段林: 今車が置いてある、あそこですか?永田社長: 今は1、2台の許可をとって、2台停めています。あとは別のところに駐車場がありますが、当時はそれもありませんでした。段林: じゃああの敷地に5台ぐらいぎゅうぎゅうに停まっていたんですね。永田社長: はい。しかもゴミは積んである、地面はヌルヌル。仕事もやらなきゃいけないんですけど、「こういうこともやらないとこれはダメだな」と。社長になる前から、まずそれをやろうと思いました。段林: すごいですね。永田社長: 転職してトラックドライバーとして給料をもらいたいだけだったら、そこまでしなかったでしょうね。「自分の力を試したい」という動機で動いていましたから、その状況が許せなかったんでしょう。「こんなんでは俺の色にも染められないし、いい仕事もできない。こんな会社は無理だ、なんとかしなきゃいけない」という気持ちが勝手に湧き上がりました。「仲間を呼ぶなら、仕事も増やさなアカン」壮絶な二重生活段林: なるほど。でも、入社した時から元の社長は倒れられていて、いらっしゃらない状態だったんですよね。永田社長: そうです。会社には戻ってきていない状態でした。段林: 一応番頭さんもいらっしゃる状態で、序列で言うとまだ永田社長にお鉢が回ってくるのは先なのかなと思うんですが、そこからどういう流れがあったんですか?永田社長: この会社を「どげんかせんといかん」ですね。まず売り上げが必要だと。大手運送会社のアンダー(下請け)でいい仕事がありそうだったので、仲間を呼びました。段林: へえ。永田社長: いろんなところに声をかけて、それこそ前の会社から「引き抜き」と思われても仕方ないようなことも起きましたけど……。ただ僕としては、「もし不満をタラタラ言いながらそこで働くんだったら、辞めてうちに来んか」という言い方です。段林: なるほど、なるほど。永田社長: 「もう気持ちよく働こうぜ、この会社はやりたい放題だぞ」と。「俺らのキャリアと力があれば、こんなもん何とでもやれるよ」みたいな感じで言ったら、結構それに感化されて来る人間もいました。段林: おお。永田社長: ただ、給料はこれだけ保障して、と番頭にも言っていました。「これぐらい給料を保障してあげれば、めちゃくちゃ仕事できるやつを呼べますよ」と交渉したり、Indeedに僕が記事を書いて募集をかけたり。そうしていたら、「もう社長をやってくれないか」と番頭に言われまして。段林: おお。それは今から何年ぐらい前の話ですか?永田社長: 今僕が47歳で、39歳の時に入社したので、8年前ですね。コロナの前です。段林: 入社していろんな会社から仲間を呼んできたのは、入社何ヶ月後なんですか?永田社長:すぐですね。段林: 一ヶ月後とか。永田社長:「やべえな、この会社で」と思ったので。永田社長: 入社して3ヶ月ぐらいで、もう前社長は戻ってきたとしても、社長業は無理でしょうと。もともと前社長も社長業ではなく、ほとんどドライバーとしてやっていたんです。おそらく番頭さんも、「こいつ(永田社長)を社長という肩書きでトラックに乗せておけばいいわ」というノリで「社長やってくれんか」と言ったんだと思うんですが、僕の解釈としては「もうここを立て直す社長にならなアカン」と、勝手に思い込みました。段林: なるほど。永田社長: そういうつもりで前職も辞めているわけですから、スイッチが入ってしまって。だから給料計算を「やってくれ」とも言われていないのに口を出し始めたりしました。それこそ、ドライバーとして仲間を呼ぶ以上、仕事を増やさないといけない。じゃあ僕は、昼に一つ定期の仕事をやる。さらに夜にもう一つ定期の仕事をやる。二つやれば、これを二人呼んで二人に教えて、また僕は違う仕事を営業かけてやる。そうやって仕事を増やしていきました。段林: すごいな。永田社長: だから、愛知県から出ていない地場の仕事なのに、全く家に帰れませんでした。近くに「サトウ」というガソリンスタンドがあるんですけど、そこでいつも燃料を入れていたので、「ちょっとシャワー貸してください」と、あたかも長距離ドライバーのふりをしながら頼んでいました(笑)。めちゃくちゃ感謝してるんですけどね。段林: (笑)永田社長: 昼の仕事が終わったらそこでシャワーを浴びて、駐車場に戻ってきて車の中で寝る。時間になったら目覚ましで起きて、また夜中の仕事へ行く。朝方帰ってきたらまたシャワーを浴びて、少し睡眠をとる。ずっとその繰り返しでしたね。段林: それをやっている頃は、肩書きとしては代表取締役になっているんですか?永田社長: もう代表になっていました。名ばかり社長の覚悟と「銀行通帳」奪還事件段林: 「名ばかり管理職」として(笑)。永田社長: そうですね。まあ厳密に言うと、ハンドルを握る以上は本当はいけないんですが、そんな状態でした。なぜそこまでやれたかというと、使命感もありましたが、社長になってすぐ、トラックを2台止められるという、ナンバーを外されるような行政処分を受けたんです。段林: ええ。永田社長: 理由もわからず番頭に聞いたら、「前から引き延ばしていた」と。「運行管理をやっていない」「書類がどこに何があるかも分からない」など、元従業員に通報みたいなことをされたらしいんですが、そこからスタートしているんで、「もうやるしかねえ」とケツに火がついたのもありましたね。段林: なるほど。そうやって仕事を増やしていくと、最初は7人ぐらいの会社とおっしゃっていましたが、どれぐらいまで増えたんですか?永田社長: 仲間を呼んだり求人をかけたりして、たぶん3年で40人ぐらいだったかな。マックスで39人ぐらいまでなりました。段林: すごい、5倍ですね。永田社長: 売り上げも、僕が入社した時は過去の資料を見ると1億円もなかったんです。7000〜8000万円ぐらい。昭和61年からやっている歴史ある会社なのに、よくこれでやっていたなと正直思いました。昔は売上が多くあった時代もあったらしいですけどね。それが3年で39人にして、売り上げもその当時で2億7000〜8000万円ぐらいにはなっていました。段林: すごいですね。永田社長: 調子に乗って、右も左もわからないのに銀行からお金を借りたり、めちゃくちゃやりましたけど(笑)。段林: じゃあ、それぐらいのタイミングで経営も番頭さんから実権を?永田社長: そうですね。その頃は給料計算などもまだ番頭さんに任せていたんですが、給料日に給料がもらえないことがありました。「こんなに俺働いているのに、なんで?」と。段林: ほう。永田社長: 2倍働いていたので、給料もそこそこ貰っていたんですよ。今より貰っているぐらい。ただ、それが給料日に出ない。「何をやっているんですか?」と問い詰めると、「だったらもう、そういうお金のこともやればいいじゃない」と番頭さんが言ってきました。僕がトラックに乗りまくっているから、やれないだろうと思ったんでしょうね。だけど、「あ、じゃあやりますわ」と、その通帳をバーンと奪い取って。段林: 売り言葉に買い言葉で。永田社長: 今思うと、付き合いや接待もあったのかもしれませんが、僕が代表で僕の印鑑でお金を借りているのに、「何やっているんだ」というので揉めて、結局その人を追い出すことになってしまいました。段林: なるほど。でも、そこからは完全に自分で舵取りをしていくことになったわけですね。永田社長: そうですね。ただ、ドライバーの仲間がいるので、なんとかこの会社をまともにするには、悪い部分も出しながらやっていかないといけない。その時は稲盛和夫さんの本を読んでいたので、もうスイッチが入っていました。「こいつらのために俺はどれだけ身を捧げられるかが、社長としての仕事なんだ」と。段林: なるほど。永田社長: 昔、僕が東京で芸人をやっていた頃、お金がなかった時にご飯を食べさせてくれた先輩がいたんです。「お前みたいに若い奴に飯を食わせたりお酒を飲ませるためなら、俺は借金してでもやるぐらいの気持ちだ」と言ってくれた言葉が、ずっと脳の中でリフレインしています。どんなに大変でも、うちの従業員のためだったら、自分が困ってでも給料をいっぱい払いたいなと。払いすぎていたのはありますけど(笑)。段林: すごいな。高校を出て吉本に入って、そこから現場叩き上げでやってきて、いわゆる「お金」というところに触れずに来た中で、全部自分で背負うというのは相当な覚悟ですよね。永田社長: そうですね、もう腹は座っていたと思います。【★コラム】経営の指針となった「稲盛イズム」とは本文中で触れられている「稲盛イズム」とは、京セラやKDDIを創業し、日本航空(JAL)を再建した稲盛和夫氏の経営哲学を指します。その核心は「人間として何が正しいか」を判断基準に置くことにあります。特に永田社長の行動に影響を与えたのは、「従業員を家族のように守る」「利他の心(自分よりも他人の利益を優先する)」という考え方でしょう。 コロナ禍で仕事が激減してもなお、強硬に固定給を保障し続けた永田社長の決断は、単なる経営手法ではなく、この哲学を愚直に実践しようとした結果といえます。コロナの試練と「給料保証」の決断段林: 今のコトブキ運輸さんの車の台数やドライバーさんの人数感を知っているので、さっき「39人がマックスだった」と聞いて、今は少し落ち着いたのかなと思ったのですが。その間にはやはり、コロナの影響があったかと思いますが、結構しんどかったですか?永田社長: まさにコロナの影響でしたね。お酒を運んでいる便があったりして、コロナで見事に仕事がなくなっていきました。「すいません、こういうことなんで」と言われたら、向こうも荷物がないわけですから、「分かりました」と言うしかないですよね。なんとかして仕事を取ろうとしても、できない。だから暇なのに、志だけで高い給料をみんなに保障して、固定給にしていました。段林: あ、固定給にしていたんですか?永田社長: 固定給にしていました。自分が歩合で苦しんできた経験があったので、「多い時は多い、少ない時は少ない」という思いをこいつらにはさせたくないなと。どんなに仕事がなくて暇でも給料は保障するから、という稲盛イズムでやっていたんですけど……まあ、うまくいくわけないですよね。段林: ああ。永田社長: どんどんお金はなくなっていく。ただ不思議なんですけど、僕から首を切ることはしなくても済みました。ドライバー自ら「ちょっともう辞めますわ」と言って辞めていったのが、本当にもう神様の力じゃないかなって思うぐらいです。その頃、神社に行ったりもしていたので。段林: はい。永田社長: 首は切らなくて済んだし、逆に居座って「暇でお金さえもらえればいいや」という人間もいなかったんです。段林: 社長がそういう気持ちでギブしていたからこそ、かもしれませんね。「ここまで面倒を見てもらったから、永田さんも困っているし、自分は自分でやっていこう」と思ってくれるドライバーさんが多かったんでしょうか。永田社長: そう思ってくれていたらいいですね。でもその頃、ちょうど今副社長をやっている家内が「本部長」という形で入社してくれていたので、彼女の改革もあったと思います。「暇なのにこんな給料払っていてどうするの? 会社潰れるよ」「どうするのこのトラック」と、ここでもまた一つのターンがあったんじゃないかなと思います。段林: 僕がまだお会いしていない、噂の副社長ですね(笑)。永田社長: あ、まだですか?段林: 僕はもう100万回ぐらい副社長のお話を聞いているんですけど、実はまだお会いしていないんですよ。永田社長: 僕がしゃべり出すと、副社長に「しゃべりすぎ」と怒られるんです(笑)。もう今や、コトブキ運輸にとってなくてはならない存在ですからね。段林: お会いしていないのに、副社長像だけがどんどん大きくなっています。永田社長: あの選挙ポスターみたいな写真ですね(笑)。現物はもっと美しいんですけど。社員半減でも売上増。「奇跡のV字回復」の正体段林: コロナで結構しんどくて、最終的には社員さんは何人ぐらいまで減ったんですか?永田社長: 当時から15人ぐらいはいなくなっています。段林: ざっくり半分になったということですよね?永田社長: そうですね。で、普通に考えたら、売り上げが減るはずなんですよ。段林: ですよね。さっき、当時の売り上げが2億円台後半で、今が3億円を超えているとおっしゃっていて、「あれ?」と思ったんです。人数は半分なのに売上が増えている。そこには何かからくりがあるんですか?永田社長: そうなんです。僕も自分でもうびっくりしているんですが、普通ドライバーさんが10何人もいなくなったら、月の売り上げでおそらく半分ほどになりますよね。なぜかその頃から、以前から参加していた「ローカルネット」での横の繋がりができたり、それこそ副社長に改革してもらったりして、僕になかった要素がコトブキ運輸に入ってきて、うまく噛み合ったんです。段林: なるほど。永田社長: 僕が社長になってからはずっと右肩上がりできていたんですが、その時はやっぱり一時停滞しました。でも一気に15人がドカンと辞めたわけではなく、少しずつ減っていったので、その減った分を何かで補填しようと動きました。利用運送(貨物利用運送事業)の許可を取って利用運送を始めたり、今やっているタイヤ販売やDPF(インジェクター洗浄・DPF洗浄)もおそらく2年前から始めているので、ちょうどそれで帳尻が合ったんだと思います。その結果、人数は減ったけれど年商は上がった、ということだと思うんですよね。段林: 素晴らしいですね。ぜひ次回は、そのあたりについて深掘りしてお伺いできればと思います。昔話として明るく話されていますけど、シビアな状況からの大逆転劇ですからね。今回もお話をありがとうございました。永田社長: こちらこそ、ありがとうございました。段林: ではまた次回もよろしくお願いいたします。永田社長: よろしくお願いします。▼前回のエピソードはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/KVgUB4OT▼六興ラジオ【社会インフラの横丁から】シリーズはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/category/rokko-radio▼六興実業公式LINEはコチラ👇https://lin.ee/CBj09Eq