始まりました。社会インフラの横丁から。この番組は、社会の当たり前を支えてくれている人たちの声を、人情味あふれる六興村の隅っこにあるこの横丁からお届けするラジオです。本日も温かいお話や苦労したお話、心に染み渡るお話、そしてこれからの未来につながるお話をお届けしてまいります。 今回のゲストは、前回に引き続き、高橋電設運送株式会社の髙橋佑介社長です。 新卒で大手飲食チェーン「ワタミ」に入社し、バリバリ働いていた髙橋社長。そこからなぜ、全く畑違いの運送業である家業を継ぐことになったのか。その間には、独立開業への挑戦、そして挫折、さらに「明日から無職」という家族を抱えた状態での崖っぷち体験がありました。 緻密な数字管理を行う現在の経営スタイルとは裏腹な、当時の大胆すぎる決断の数々と、そこから得た教訓について詳しく伺いました。%3Ciframe%20data-testid%3D%22embed-iframe%22%20style%3D%22border-radius%3A12px%22%20src%3D%22https%3A%2F%2Fopen.spotify.com%2Fembed%2Fepisode%2F5ytlJNqYilGHpUjmqpPk4z%3Futm_source%3Dgenerator%22%20width%3D%22100%25%22%20height%3D%22352%22%20frameBorder%3D%220%22%20allowfullscreen%3D%22%22%20allow%3D%22autoplay%3B%20clipboard-write%3B%20encrypted-media%3B%20fullscreen%3B%20picture-in-picture%22%20loading%3D%22lazy%22%3E%3C%2Fiframe%3E%0Aワタミ店長時代と、独立への誘い段林: 前回の最後、ワタミに入社されて働いていらっしゃったということなんですが、そこから高橋電設運送さんに入社するまでは、またちょっとラグがあると思うので、その経緯を深掘りしていきたいなと思います。結果的には飲食業は、何年ぐらい続けられたんですか?髙橋社長: やめたいと思ったけど続けて、5年ぐらいいたような気がしますね。22歳ぐらいから入って、今の会社に入ったのが28歳ぐらいなんで。いろんな店舗の店長をやらせてもらってという流れでした。段林: すごいですね、5年もワタミにいたら、当時のワタミだったら入社した時から3倍ぐらいの会社になっているんじゃないですか? 感覚的には2〜3倍の会社になりましたよね。髙橋社長: そうですね。ただ、やっぱり離職率もものすごかったですね(笑)。段林: (笑)。同期ってどれくらい残っているものなんですか? 髙橋社長: 同期は、今でも付き合いはあるんですけど、やっぱり1人、2人……何人かは残っているみたいですけど、偉くなってますよね。それこそ渡邉美樹社長の運転手をやっていたとか。一緒にトレーニングキッチンで出汁巻き卵を焼いていた仲間たちが、社長の運転手をやるポジションまで上がっていたりするので面白いですよね。よく頑張ってるなと本当に思います。段林: すごい。同期は100人ぐらいいたわけですよね。髙橋社長: たしかそれくらいいたんじゃないですかね、新卒で。早い人は半年とかで辞めますから。段林: さっき28歳で今の会社とおっしゃっていたので、27歳で辞めたとなると1年ラグがありますよね。これは何があったんですか?髙橋社長: それはですね、当時のワタミの頃の上司と後輩と3人で独立して「お店をやろう」という話になりまして、上司に誘われて始めたんです。まあ確かに、このままワタミでやっていくのもいいけども、やっぱり飲食業って結構独立する先輩方が多いんですよね。見ていると、結構やり手の人たちが会社を大きくしていったりするのを目の当たりにしていて、「ちょっとそういった挑戦も面白そうだな」というところで始めたんです。今でも怒られるんですが、その当時、妻には事後報告だったんです。自信満々で独立するも、味わった「地獄の4時間」段林: でも前回、お子さんが今高校生とおっしゃっていたので、逆算すると生まれたばかりとか、生まれる前後ぐらいですよね。髙橋社長: そうなんです。たぶんもう生まれてたぐらいのタイミングなんですよ。「そんな話があるんだよね」みたいな話はしていて、でももう辞めたから、次こういう仕事だからって(笑)。そんな感覚でやっていました。段林: (笑)。髙橋社長: ただ、「絶対やれる」みたいな自信があったんで。「この感じでやれば絶対いける」みたいなところがあって、3人でスタートしたんです。ただ、やっぱりこう「思い違い」というか……「めちゃくちゃいい生活がすぐできる」みたいなイメージだったんですよ。段林: いきなりもうウハウハでもうかるぞ、みたいな。髙橋社長: そうそう。で、始めてみたら……ワタミの頃って5時にオープンなんで、看板の電気をつけると、特に客引きとか何もしなくてもお客さんが入ってくるんですよ。「あ、まあまた始まったか」っていうような繰り返しだったんですけど。 その自分たちのお店のオープン日、今でも覚えているんですけど、4時ぐらいからもう開けてたんですよ。仕込みしてるけど開けておくか、っていうところですぐお客さん入るだろうみたいなイメージで。 ただ、一組目のお客さんが入ってきたのが8時だったんです。段林: おお……。髙橋社長: もう地獄の4時間というか。「いや、俺ら飯食っていけねえんじゃねえか」みたいな。これとんでもないことになっちまったんじゃないか、って。その4時間はものすごい長く感じましたね、今でも覚えているんですけど。段林: 業態的には居酒屋みたいな感じですか?髙橋社長: 業態的には焼きとん屋さんです。豚の串焼きで始めたんですけど、味とかはすごく良くて、絶対いけるって思っていたのは多分我々だけだったのかなって、今考えると思いますね(笑)。 でも、常連さんもできてきて、だんだん軌道には乗ってきたんですよ。なんだかんだでお客さんも来はじめて。描いていたビジョンとのギャップ、そして突然の「脱退」段林: なんだかんだうまくいきはじめたんですね。髙橋社長: ただ、それでもなんかこう、思っていた人生のビジョンとちょっとやっぱり乖離があって。「なんか違うかな」みたいな。段林: 何が一番違ったんですか?髙橋社長: 時間とお金ですかね。あんまり今までと比べて良くなってない、みたいな(笑)。段林: 冷静に算数の問題ですけど、おそらくスタートできる焼きとん屋さんって言っても、そんなに大きい規模じゃない。10席〜20席ぐらいあるとして、そこを独立した3人で一緒にやるってなって儲けを分配すると、多分そんなになんないよねっていう(笑)。そういう算数的な話でそうなりますよね。それを一人で独立してアルバイトさんでやってたら、まあもうちょっと(稼げた)かもね、みたいな算数的な分け前の問題でそうなりそうですね。髙橋社長: そうそう。 それでですね、「もういいや」ってなっちゃったんですよ。 で、今考えると申し訳ないなと思うんですけど、「いい辞め方」してないんですよ。段林: なるほど。髙橋社長: そうなると、次の日から仕事がないんです。「これどうしようかな」と。妻もいて子供もいて、パパは何にもしてない。これヤバいですよね。もう本当に、その期間って朝子供を幼稚園に送っていって、パチンコ屋行って、お迎え行くみたいな……ヤバい生活をしてたんで(笑)。段林: 辞めた後もすぐじゃなくて、1ヶ月、2ヶ月はまたラグがあったんですね。髙橋社長: そうそう。いい悪いは別にして、すげえ楽な生活じゃないですか、それ。でも人間、そういう生活をしてても1ヶ月すると飽きてくるんですよ。「面白くねえな」ってなってきて。でもやっぱり仕事しなきゃいけないなっていうところで、「あ、そういえばおじいさんが運送会社やってるな」と。「ちょっと頭下げて働かせてもらうか」っていう、そんな感覚です。段林: あ、そうなんすね! じゃあここに本当に入社された時は、まだお父様は教師?髙橋社長: あ、今「じいさんがやってるな」って言ったけど、多分実際は父がもう社長やってたと思います。段林: なるほど。そんな流れで。髙橋社長: 別に運送業やりたかったからとか、継ぎたいからという流れではなくて、とりあえず日銭を稼がなきゃいかんなっていう、そんな感覚ですね。「明日から仕事がない!」窮地で思い出した家業の存在段林: これ一個、ちょっと答えにくい質問かもしれないですけど、その独立をされて3人でっていうところは、その後関係性はどうなったんですか? 和解みたいなのはあるんですか?髙橋社長: 全くないです。段林: じゃあもうそこはもう清算してない過去っていう感じなんですね。髙橋社長: そうですね。本当に当時、迷惑をかける辞め方をしたんで、「謝んなきゃいけないよな」っていうのはずっとありますよね。段林: 僕は新卒で入った会社で、早いうちから子会社の代表をやらせてもらって、目をかけてもらって、すごいいい思いをしたんです。それこそ創業者の、ワタミでいう渡邉さんみたいな感じの方にすごい目をかけていただいたんですけど、最後は僕も不義理で辞めて。実は未だにその会長に辞めるご挨拶もしないまま辞めてるんですよ。子会社の社長までやらせてもらってるのに、挨拶もせずに辞めて、いまだに連絡も取ってないんです。髙橋社長: あー、じゃあ同じですね。私もそうです。段林: 僕も負債が残ってるというか。そこはいつかちゃんと自分なりに筋立ててやらないとなと思っています。髙橋社長: そうですね。私も本当にそうです。で、その後もやっぱり気になってその会社のことをちょこちょこ調べたりはしてて。結構順調に店舗増やしたりしてやってたけど、たぶんコロナの頃で結構渋かったような。あくまでそのホームページをちょこちょこ見てて、「あ、すごいな」みたいな。でもコロナの頃見たら「なんか店舗数減ってるな」みたいな。段林: でも拡大はしてたんですね。髙橋社長: そうそう。それまではだいぶ広げてたみたいですね。そこだけはちょっと残ってますね、自分の中でやり残したことというか、やんなきゃいけないっていう。段林: ちょっとお互い宿題ですね、それは本当に。髙橋社長: そうですね(笑)。現場は現場に任せる。数字から見た運送会社段林: いやでも奥様は、今だから笑えるけど、ぶっちゃけ……ちなみに僕はこの六興実業を作った時に子供1歳なんですよ。髙橋社長: うーん。段林: 作ってからもう1人生まれてて、今1歳と3歳なんですけど。まあとはいえ僕は一応説明して、応援してくれる形だったんで。まあでもそれでも今いろいろ迷惑かけてる部分もかなりありますけど。ぶっちゃけ、今だから笑えるけど当時って結構家庭的には大丈夫だったんですか?髙橋社長: いや、結構大変でしたよ。もうどう考えても迷惑かけてるし。で、妻はやっぱりサラリーマンの家庭で育ってますから、経営者の妻になるつもりは多分なかったし、どっちかというと安定志向なんで。 だからこれから恩返しをしていかなきゃいけないなっていうのはありますね。その当時たぶんものすごいストレスかけたと思うので。段林: でもちょっとは笑って振り返れるぐらいにはなりつつあるのかもしれないな、みたいな、なんとなく御社の今の成長とか色々見ると、多少はもう安心ですね。髙橋社長: そうですね。今振り返ると、大変だったと思います、妻は。段林: で、ちょっと話を戻すと、そこにおじい様がいらっしゃる、お父様もいらっしゃる会社に「入れてくれ」という話をして。まあこれは、また色々あると思うんですけど、言わばちょっと失礼な言い方をすると、ちょっと半分プータロー状態から「入れてくれよ」という話をして、そこはすんなりだったんですか?髙橋社長: そこは比較的すんなりというか、多分そういう事情も知ってたと思うんですよね。入社はすんなりさせてもらって。でも「跡継ぎ」的な感じだったのかどうかはちょっと分からないですけど、空気感的には、その当時の社員の人たちもおそらく「まあこいつが後継いでいくんだろうな」という感じだったとは思うんですよね。段林: 結果的にはそこにたどり着いて始まった、みたいなところで。でも今まで全然、運送の「う」の字もやってないわけじゃないですか。どこからスタートしたんですか?髙橋社長: どこからスタートしたかな……日々の売り上げ、数字の管理とかですかね。本当に日々の業務を覚えていくという、一社員として入社した感じです。ただ、運転手でっていう感じではなかったですね。段林: 免許は?髙橋社長: 免許はじいさんに「大型免許を取ってこい」って言われたんで、大型免許は持ってるんですよ。でももうほぼ乗ってないです。特に今は全く。段林: 後継になる2代目3代目の方って、車に乗ることで現場を覚える教育を受けるタイプと、そうじゃないタイプがあると思うんです。結構初めから「乗らない方がいい」的な感じだったんですか?髙橋社長: 乗らないでやってましたね。まあ、現場のことは現場の人に任せた方がいいだろうなっていう考え方だったんで。もちろん乗って現場のことも全て把握して両方分かればそりゃあそれに越したことはないだろうけど、そっちに力使うよりもっていうような感覚でしたかね。時間を使うよりもというか。段林: なるほど。でもそれって実は、僕は外部から運送業界の外から運送業界に入ってきて、運送会社って関わり始めたのは2022年の10月からなんで、まだ3年ぐらいの経験しかないんですが。僕ももちろん免許持ってないですし、何もできないっていう中なんですが、いろんな経営者さんや跡継ぎされる方にお話を聞いてると、「トラックに乗って自分も現場を」っていう方向性で走り始めた人と、ちょっと一歩だけ引いてみたいな人とでは、スタイルが変わるし、結果的にも多少変わってる部分もあるのかなみたいなのがなんとなくありますね。髙橋社長: ああ、そうですね。段林: 良し悪しはあるかもしれないですけど、それは感じますね。「このままではジリ貧になる」拡大への舵切り段林: 当時10台ちょっとぐらいとかっておっしゃっていたと思うんですけど、髙橋社長、当時は社員ですけど、この会社に入られてから14〜15年ぐらい経ってると思うんですが、入った直後から採用周りや人増やしていくとかっていうのは、数字を見ながら主導されてたんですか?髙橋社長: いや、最初はまず今現状の業務を把握して、今の規模でしっかりみんなが幸せになれればそれでいいかなっていう感じだったんですよ。「拡大志向」では全然なくて。ただ、やっぱり会社の数字とかをより深く見ていくと、どっちかというと右肩下がりというか……真綿で首を絞めるようじゃないですけど、そうなった時に、社員もいるし、私自身も妻と子供いるしってなった時に、20年後30年後っていうのが見えない状況って怖いなと思ったんですよ。段林: はいはいはい。髙橋社長: そうなったらもう拡大していくしかないだろうというか。やっぱり一台一台の売り上げ利益をしっかり積んでいって、そこを増やしていくしかないなっていう方向性になりましたね。段林: そういう気付きって、何年経ったぐらいの時だったんですか?髙橋社長: ちょうど材木配送を始めた頃ぐらいなんで、今からどれくらいだろうな……7年前とか8年前とかそれぐらいのタイミングですね。【★コラム】会社の運命を変えた「材木配送(プレカット輸送)」とは 高橋電設運送の成長の起爆剤となった「材木配送」。これは主に、住宅の建築現場へ「プレカット(工場であらかじめ寸法通りに切断・加工された木材)」を運ぶ仕事を指します。一般的な段ボールの配送とは異なり、建設現場の工程に合わせて搬入する「時間厳守」や、ユニック車(クレーン付きトラック)を使って荷降ろしをする「操作技術」が求められる専門性の高い分野です。単にモノを運ぶだけでなく、現場の職人との阿吽の呼吸が必要とされるため、大手運送会社が参入しにくく、地域に根差した中小運送会社が強みを発揮できるニッチな市場と言えます。段林: なるほど。じゃあ逆にその7〜8年前ぐらいまでは、まだ高橋電設運送は所帯で言うと本当車10数台ぐらいで、全部で20人もいないようなイメージですか?髙橋社長: それぐらいですね。段林: じゃあそう考えるとそこから7年8年で今もう70名、50台の所帯って考えると、かなりもう急ペースですね。髙橋社長: そうですね。本当に大急ぎでやってきた感じはありますね。そうせざるを得なかったっていうところもあるし。段林: なるほど。もう今日は今回の時間が来てしまいましたので、ぜひ次回そこの部分を深掘りをさせていただきたいと思います。 髙橋社長の最初の印象としては、しっかり一歩引いて冷静に見て、ちゃんと考えて動いていくみたいなところを的確にやってこられたから今があるのかな、という印象を受けていました。色々お話をしていても、 そういう考えや思考のプロセスが積み重なってるっていうのは、すごい感じていますが、この2回で、そういう「知的でちゃんと分析家的一面」と、「むちゃ適当な部分」があるなっていう(笑)。髙橋社長: (笑)。段林: このすごいギャップを二つ知れて。髙橋社長: やっぱりね、失敗をだいぶしてきたんで、今があるなとは思ってますね。段林: その揺り戻しが、最後そこでこう「えいや!」みたいなところとか、こういう揺り戻しと、それによって分析してきているところのギャップを感じて。髙橋社長: パーソナルな部分を楽しんでもらえましたかね(笑)。 段林: パーソナルな部分に触れた気がしました(笑)。ということで、次回、それがどう今に至ってきたかというところ、色々深掘りして聞いていきたいところなので。ぜひ次回もよろしくお願いいたします。髙橋社長: はい、ありがとうございます。▼前回のエピソードはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/BjhsYBli▼六興ラジオ【社会インフラの横丁から】シリーズはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/category/rokko-radio