始まりました。社会インフラの横丁から。この番組は、社会の当たり前を支えてくれている人たちの声を、人情味あふれる六興村の隅っこにあるこの横丁からお届けするラジオです。本日も温かいお話や苦労したお話、心に染み渡るお話、そしてこれからの未来につながるお話をお届けしてまいります。今回のゲストは、前回に引き続きピーアール株式会社の野口社長にお越しいただいています。前回は、元々5台規模だった会社が、ある日突然8台分の仕事と車両を引き継ぐことになった創業期のエピソードを伺いました。今回は、会社の成長とともに直面した「経営判断」について深掘りしていきます。2024年問題を前に、売上の3〜4割を占める大手取引先からの撤退を決めた野口社長。倉庫が空っぽになる恐怖と戦いながら、役員総出で危機を乗り越えた壮絶なドラマと、その覚悟に迫ります。%3Ciframe%20data-testid%3D%22embed-iframe%22%20style%3D%22border-radius%3A12px%22%20src%3D%22https%3A%2F%2Fopen.spotify.com%2Fembed%2Fepisode%2F5StmFF1yASSUJ0DMxE6IdP%3Futm_source%3Dgenerator%22%20width%3D%22100%25%22%20height%3D%22352%22%20frameBorder%3D%220%22%20allowfullscreen%3D%22%22%20allow%3D%22autoplay%3B%20clipboard-write%3B%20encrypted-media%3B%20fullscreen%3B%20picture-in-picture%22%20loading%3D%22lazy%22%3E%3C%2Fiframe%3E%0A周囲の反対と、従業員の意外な反応段林: 今回も前回に引き続き、ピーアール株式会社の野口社長にお越しいただいています。よろしくお願いします。野口社長: よろしくお願いします。段林: 前回、番組の最後の方で、創業2年目にして、元々5台ほどの会社が8台分の車とドライバーさんを引き継がれたというお話がありました。言える話と言えない話があるとは思いますが、普通に考えて周囲のほとんどの人は反対すると思うんです。税理士さんが「うまくいかないんじゃないの?」とおっしゃったという話もありましたが、社内のメンバーや、奥様、あるいは最初のエピソードに出てきた義理のお父様などに相談されたりしましたか? その時の反応はどうだったのでしょうか。野口社長: 「大丈夫?」みたいな、やはりそんな感じでしたね。段林: リスク的には、会社という箱を引き継ぐわけではなかったんですよね。ドライバーさんと、その仕事を引き継ぐという形で、バランスシートの負債をそのまま引き継ぐというわけではなかったということですね。とはいえ、いきなり経営として見ないといけない数が倍以上になるということですよね。その後スタートされて、実際どうだったんですか? 最初、税理士さんは「その仕事を引き継いでうまくいかないんじゃないの?」という話だったと思うのですが、実際そのあたりはどうでしたか。野口社長: そうですね、そのまま引き継いだので、業務の方も継続的に同じ仕事をやっていただく形でした。ただ看板が変わったというだけで。始めの感想としては、やはり1台あたり45万とか50万円ぐらいの売上にしかならない構成でした。段林: なるほど、2トン車で。野口社長: はい。でも50万ぐらいでも、なんとかうまくやればやりきれるんじゃないかなという、軽いノリで進めた部分もありましたね。そもそも同じ屋根の下で一緒にやっていたメンバーですので、会社は違うけれど「初めまして」というような感じでもないんです。やはり皆さん協力的で、逆に「拾ってくれてありがとう」と言ってくれる年上の方もいたりしました。段林: なるほど。野口社長: より一層やる気になったというか、「なんとかしなきゃ」という思いにはなりましたね。営業に自信をつけようというか、とことんノックをしていこうと思ったのはそこからですかね。その当時、引き継いだ仕事の荷主さんの本社の方が池袋にあったんです。本社の方に行って、まず説明と「何かありましたらお願いします」ということで、ちょっと顔を売ってというか、行動を起こしましたね。それをやり始めてから、どんどんやっぱり営業って大事だなと思うようになり、いろんな団体に入ったり顔を売っていこうと思うようになりました。段林: 僕も会社の壁を見て驚いたのですが、JC(青年会議所)、倫理法人会とか、商工会とか、トラック協会もそうですし。どれぐらい入られたんですか?野口社長: 今で言うと、18団体入ってます。段林: すごい(笑)。本当に徹底してやりきるんですね。「営業大事だね」となんとなく思うのではなく、完全にやりきる。野口社長: とことん社名と自分の顔を覚えてもらうために、いろんなところに入って、いろんな協力をしていったというのはありますね。「何でもやります」で掴んだチャンスと、16万円のトラック段林: 実際そこから今の仕事に繋がったり、今の基盤に繋がったりというのは、やっぱりありましたか。野口社長: めちゃくちゃありますね。やっぱり荷物を動かしたい、荷物をどっかに運びたい、「あ、じゃあ野口さんのところにお願いできる?」というメンバーからの相談を受けたり、めちゃくちゃ増えました。段林: そんな形で、荷主さんのところで事業を引き継いで増えて、営業に力を入れ始めてとなると、またさらに15台ぐらいぐぐぐっと増えるタイミングもあったかと思います。そこはどんな感じの推移だったんですか?野口社長: 営業をかけていった中で、家具に携わる企業さんと出会って、猛アプローチをかけました。その時、4トン車を持っていなかったんですけど、4トンの案件なんだよねと言われても、「是非お願いします」と、道具がないのに「どんどん何でもやります」というスタイルでした。当時は、運賃を提示されて、「できる?」というスタイルで、我々が見積もりを出して、この料金だったらやりますよ、というスタイルじゃなかったんです。段林: これでできる?と荷主さんが運賃を教えてくれるという感じですよね。いまだに運送会社そういうところもありますが。野口社長: 「お受けします」と言ったものの、「トラックないね」と(笑)。会社に帰ってどうするか社員と話をして、インターネットで中古車のトラックのサイトを見て、一番安い、その数字は今でも覚えていますけど、168万円の日野のレンジャーでした。60万キロ走ってるやつ。段林: へえー!野口社長: それを即購入して、始めました。段林: なるほど。そこから台数がちょっとずつ増えていったんですね。その家具の荷主さんのところでもさらに、5台10台と増やしていったんですね。野口社長: そうですね。同車できないか、という話も受けたりしました。それと同時にそこだけに特化せずに、常に何かあったら営業するというアンテナを張っていました。2年目に引き継いで、そこから3年ぐらい経った創業5年目ぐらいが一番伸び始めた時期ですかね。段林: ほお。野口社長: いろんな話が来て、その当時はもうローンも組めました。燃料カードも最初は作ってくれないんですよ、宇佐美さんも太陽さんも。それはそうですよね、信用信頼がないので。でも5年目ぐらいの時ようやく、どこかの組合さん経由で燃料カードを作れたりして、ある程度社内環境を整えて、従業員さんの手間もだいぶ省き始めた時期ですね。段林: そのタイミングでも創業メンバーはまだ……?野口社長: 2、3名は残っていました。段林: そこに行くまでのしんどい過程のところで、数名はというところですね。今は運送業に限らずいろんな事業をされているとは思いますが、運送業というところで言うと現在本社には何台ぐらいあるんでしょうか。野口社長: 今、48台ですね。段林: だいたい30台、40台、50台ぐらいの規模になったのが、どれぐらいのタイミングですか?野口社長: 遅いですよ。そこから本当に10年目ぐらいですね。段林: 30台を超えてきて、そろそろ運行管理者ももう一人でとか、ちゃんとしていかないとね、みたいなのがだいたい10年ぐらいのタイミングなんですね。野口社長: 10年経った後ぐらいから、「入れ替え」という文化がうちに上がったんですよ。壊れるまで使うという意識から、10年目ぐらいから、「あ、これそろそろダメだね、じゃあ入れ替えようか」という、そういう入れ替えの計画を立てられるようになりました。段林: なるほど。資金繰りも含めて、どういう買い方でどういう車を、という計画ですね。【★コラム】【運送会社の信用の証「燃料カード」の重み】 野口社長が「最初は作ってもらえなかった」と振り返る燃料カード(給油カード)。宇佐美鉱油や太陽鉱油などが発行するこのカードは、単なる支払い手段ではありません。運送会社にとって燃料費は莫大な経費であり、これを「掛け払い(後払い)」にできるカードの発行には、厳しい与信審査が必要です。「カードが作れた=支払い能力があると認められた」ことを意味し、運送会社にとっては一人前の企業として認められたマイルストーンの一つと言えます。右腕との出会い、そして訪れた「しんどい決断」段林: 先日、結構しんどい決断もしたというところも、野口さんのエピソードとして少しお伺いはしたんですが、すごい判断をされたなと……今の形になるにはすごく重要なことだったのかなと思うんですが、その「しんどい判断」というところを、差し支えなければお話ししてほしいです。野口社長: はい。まず、今の私の相方というか、右腕の取締役である塚田という人間がいるんですけれども、その塚田が5年前、10年目ぐらいの時にうちに来てくれたんです。そのきっかけが、大宮の方の運送会社さんで役員をやられてた方が、色々あってうちの会社に来てくれると。で、そこで管理職をお願いしたんです。段林: はい。野口社長: その当時の私の相方というかナンバー2と馬が合わなくて、「もう辞めます」と言ってきたんです。「いやいや、そんなこと言わずに頑張ろうよ」と言っても「いや、ちょっと本当に合わないです」ということで、さあて困ったと。その時も僕の中ではずっと現場を仕切ってたのがその専務だったので、急にいなくなるとなって、現場の従業員も「専務が辞めるんだったら僕らも辞めます」みたいな話も出ました。段林: ほう。野口社長: でも、もうそれは変えられないことで、本人が辞めるって言った以上は止められないし、それに対して従業員がついていくんだったら、私はもう何も言えないなと。「いや、なんとか頼むよ」とかそういうのではなく、もう起きてしまうんだったらしょうがないなという意識でいたんです。結果、その時の専務は辞めましたが、うちの従業員は一人も辞めずにいてくれて、その判断も間違ってなかったなと今も思います。今、私の右腕になってる塚田という人間は、元々商社にいた人間なので、営業の仕方や分析の仕方、数字の出し方など私が持っていないものを持っていて。「じゃあ一緒に営業回ろう」ということでいろんなところ回りました。段林: はい。野口社長: 誰もが耳にしたことあるような企業さんとも契約を結ぶことになったんです。埼玉県内だけですけどね。その時は金融機関も、「ここと契約書を結んでるんだったら信用度が高いですね」ということで、融資もすんなりじゃないですけど、ある程度出しやすくなりますと言われました。段林: 一部上場企業と取引してる、みたいなのは評価になりますもんね。野口社長: はい。で、2024年問題について2023年の2月ぐらいから動いて、10月に判断したんですが、「値上げ交渉しなきゃいけない」となり、ある有名な企業さんに、「またメールで交渉させてほしい」とご連絡しました。結果的に、回答は無回答でした。段林: 返信もなかったんですか?野口社長: 返信はありましたけど、結局は飲んでくれませんでした。「根気よく行こうか」「あと、もうちょっと待ってくれ」みたいな話もあったんですが、でもこれじゃダメだなと思って。ある程度の立場の人が入ってくださって理由を言ってくれるんだったらいいんですけど、そういう方が同席もしてくださらなかったんです。「これは本当に、長くここに縋り付いてても良くないな」と私自身思って、「2023年の10月に撤退します」とお伝えしました。年内撤退なので、その後2ヶ月ぐらい猶予があって、翌2024年の1月6日ぐらいからスタートだったのかな。ガラッと倉庫から荷物がなくなっちゃって、うちの従業員は「え、大丈夫ですか?」という感じでした。段林: 車だけじゃなくて倉庫での預かりもやってらっしゃったんですか?野口社長: 12台ぐらいやってましたね。段林: じゃあ当時の売上で言うと、本当にざっくり3割、4割ぐらいを、ゼロに。野口社長: はい。段林: で、そこから仕事は、2ヶ月の間で……?野口社長: 動いたんですけど、全ては埋められなかったですね。なので、ネットの「トラボックス」さんとか、そういったところを使わせていただいて、スポット的な案件を埋めていきました。その間に我々役員が定期便だったりとか、より企業さんに営業をかけて協力していただかないといけないということで、動いてましたね。段林: すごいですよね。緊急事態というか、役員総出で動き出して。野口社長: やってましたね。段林: でもついこないだですよね。2023年の10月なので、2年も経ってませんよね。そんな形で断腸の思いでその判断をされたんですね。野口社長: はい。段林: 僕は結構いろいろな運送会社さんとお話しさせていただいて、実はピーアール株式会社さんの前に、有限会社MIYABIさんという会社と、株式会社清光ラインさんという会社に行かせていただきました。どちらの会社さんもすごくドライバーさんファーストで、しっかり会社がうまく回ってるなという印象を僕は受けていたんですけど、共通点はやっぱり先ほどの「しんどい判断」ですね。今、目先売上3割あるね、4割あるね、安泰だね。でもこれ、このままやってても誰のためにもなんないから、ここを切らないといけないなという、この判断をされてるなというのは、少なからず今まで実は共通点があるなと。野口社長: ああ、はい。段林: 実はポッドキャストに出演いただいてない他の運送会社さんでも、「あ、なんかいい会社だな」って思う時って深掘りしていくと、「いや実はついこないだまでめちゃくちゃ大変で、なぜなら……」っていうお話があるので。そこの判断ができるというのは、同じ経営者として売上3割4割減らすって……野口社長: 怖かったですよ。段林: でもやっぱりその後の体制を考えて、一緒にやってらっしゃる役員さんしかり、どこが違うのかなっていう、じゃあそれをやっていこうっていう、この根っこの組織作りもあるんだなと。野口社長: うん、そうですね。段林: その後、2023年の10月、11月、12月ぐらいまで話は来ましたが、その後実際どのようにV字回復し、そこを埋めていったのかというところもかなり気になるところですが、そちらはまた次回。本日はここまでとさせていただければと思います。ありがとうございました。野口社長: ありがとうございました。▼前回のエピソードはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/zikKZ6NF▼六興ラジオ【社会インフラの横丁から】シリーズはコチラ👇https://www.rokko-jitsugyo.co.jp/news/category/rokko-radio